野球部が「21世紀枠」で
75年ぶりに甲子園出場

 クラブ活動が盛んだ。体育部ではこれまでの県高校総体のうちほとんどの大会で優勝旗を獲得している。男子・女子ともにバスケットボール部が県下の強豪として、いくつもの実績を残している。

 文化部では、生物部が全国の総合文化祭で最優秀賞を受賞し、研究論文を世界大会で発表した。他にも、NHK杯全国放送コンテスト、全国高校生金融経済クイズ選手権などで日本一になっている。

 野球部の甲子園大会出場は、1951年に春夏連続して出場、春に1回、夏は81年に2度目の出場だった。ただし、2026年の第98回選抜高校野球大会(3月19日開幕)で、出場する32校のうち「21世紀枠」で長崎西高校が選ばれた。

 練習時間は平日1時間半と短い。校訓は「自律」だが野球部のテーマは「時立」で、練習メニューを分単位で割り振った。効率的な練習により25年秋の県大会で準優勝した。「文武両道」が評価され甲子園行きの切符を手にした。

 甲子園出場は春については75年ぶり、夏からは45年ぶりだった。

 3月20日に行われた1回戦では、私立滋賀学園高校(滋賀県東近江市)と対戦した。両校実力伯仲で小刻みな点の取り合いとなったが、長崎西は4‐5で惜敗した。

 財務省長崎税関長を23年7月から1年間務めた小阪好洋(よしひろ)は、長崎西高校で野球部のエースだった。81年の夏の長崎県大会優勝に貢献、夏の甲子園では工藤公康投手(のちに福岡ソフトバンクホークス監督)を擁する名古屋電気高校(現愛知工業大名電高校)と対戦したが、ノーヒット・ノーランを喫し敗れた。

 小阪は82年、長崎税関に採用され、働きながら長崎大商科短期大学部で学んだ。世界税関機構に通算13年勤務するなど国際経験も豊富で、第87代の長崎税関長に任命された。

 塚原千恵子は長崎西高校から日本体育大に進学し、メキシコ五輪に出場、女子団体で4位入賞に貢献した。08年北京と12年ロンドンの両五輪などで女子日本代表監督を務め、指導者として多くの体操選手を育成した。夫・息子とも体操の五輪金メダリストだ。24年9月に死去した。

 坂上洋子は柔道一家の生まれで、92年のバルセロナ五輪では女子柔道72kg超級で銅メダルを獲得した。(敬称略)

(フリージャーナリスト 猪熊建夫)