仕事がほしければ
「レンアイ」はほどほどに

 フリーランスなら「この場所で仕事をしたい!」という夢をもっている人も多いはずだ。

 それがマンガ家だったら『週刊少年ジャンプ』で連載をもちたい!というような。

 夢をもつのはいいことだと思う。

 しかしそれが、ジャンプ以外の仕事はしたくない、というこだわりにスライドしてしまうと、たちまちフリーランスとしての生活は苦しくなる。

「連載をもてるのならサンデーでもマガジンでもいい。というか、特に媒体は問わない」というように、夢はピンポイントではなく、ある程度広く描いておくのがおすすめだ。

 マンガ『進撃の巨人』は当初、ジャンプに持ち込まれたが、作品が採用されることはなかった。それがマガジンに場所を変えたところ連載になり、大ヒットにつながったという有名なエピソードがある。諫山創先生がジャンプにこだわっていたら『進撃の巨人』は世に出られなかったのかもしれない。

「ジャンプ以外の仕事はしたくない!」というようなこだわりを、僕は自分のなかで「レンアイ」と呼んでいる。

「Aさんじゃないとダメだ!」という強い執着が恋愛感情だとしたら「ジャンプじゃないとダメだ!」というこだわりも、それとよく似ている。

 これに対して「Aさんもいいけど、BさんでもCさんでも、付き合えるなら誰でもいいなあ……」という状況は恋愛とはいえない。言葉は悪いが、ただのスケベ。

 しかし仕事の場においてはレンアイではなく、ただのスケベであったほうがいい。恋愛のように1対1の関係である必要などないのだから。

過去の「レンアイ」も
無駄ではなかった

 ここまで他人事っぽく書いてきたが、じつは僕も、週刊連載をするマンガ家を目指したことがあった。

 とある大手マンガ雑誌の新人賞にエッセイマンガを応募したところ、小さな賞をもらい、担当がついた。僕は「自分も連載がもてるかもしれない!」と舞い上がって、一生懸命にネームを作っては、担当者に送付していた。そう、レンアイだ。

 しかし連載なんてそうそうとれるものではなく、いつかネームを作るのにも疲れてしまった。レンアイが片思いで終了した、苦い経験だ。

 ただ、あのときのがんばりがあったからこそ、SNS上では多少「マンガを描く人」として認知されたような気がする。そして今はときどき、一般の雑誌などからマンガ制作の依頼がくる。

 けっして大きな案件ではないが、ネームはボツにならないし、本屋さんに行けば自分のマンガが載った雑誌が売られている。

 これはこれで悪くない。小規模なマンガ家として、落ち着くべきところに落ち着いたのではないだろうか。

 過去のレンアイも、まったくの無駄ではなかったのかもしれない……とはいえ、あまりハマりすぎないようにしておいたほうがよさそうだ。