「いや……A課長はあれで普通。だから気にしなくていいよ」
しかしBは心の中でつぶやいた。
(あれで普通?僕には全然普通に見えないけど……)
先輩たちは長くこの部署で働いており、仕事にも慣れているから問題ないのかもしれない。だが、入社後1カ月のBにとって、質問したくてもできず、その結果ミスが増え、またAににらまれるのではと怯える日々。自己肯定感は下がる一方で、出社するだけで胃が痛むようになっていた。
そして3月上旬、Bは悩み抜いた末、C部長に3月末付の退職届を提出した。
あわてたC部長が理由を尋ねると、当初は黙っていたが執拗に聞かれたので、「私はA課長とは無理です」
と言い、下を向いた。
そして、Aが自分に対して取ってきた態度の数々をぽつぽつと話し始めた。
Bが退席した後、C部長はAの顔を思い浮かべた。
「A課長はそつなく仕事をこなすし優秀だけど、口数が少なく、確かにB君が言うように話しかけづらいし不機嫌そうに見えることもある。これでは部下が萎縮してしまい、指導役としては不安だ。5月には新入社員が3名配属されるのに、彼らにまで辞められたら困る。このままA課長に任せてよいのだろうか……」
悩んだ末、C部長はD社労士に相談することを決めた。
「フキハラ」とは何か?
翌日の夕方、甲社を訪れたD社労士にAの件を説明し終えたC部長はこう続けた。
「A課長は仕事面では申し分ありません。しかし、常に不機嫌そうな表情や態度のため、中途入社の新人が退職届を出しました。ただ私が尋ねたところ、怒鳴られるなど俗にいうパワハラは受けていないようです。だから会社としてどう扱うべきか、判断に迷っています」
困惑したC部長の言葉を聞き、D社労士は静かにうなずいた。
「それはフキハラの典型ですね」
「フキハラ……その言葉は初めて聞きました。どんな意味ですか?」
「不機嫌ハラスメントといって、上司や先輩が常に不機嫌な態度を取ることで、周囲に心理的圧力を与えることをいいます。このフキハラで問題になるのは、加害者本人が自分の態度や表情について『普通だ』と思っていることで、ハラスメントをしている自覚はありません。だから指摘されてもピンとこない人が多いんです」
「どんなことがフキハラに当てはまるのか、もっと具体的に教えてもらえますか?」







