サラリーマンでありながら海外の映画祭で日本人初のグランプリを受賞した長久允氏。その思考法と脚本術を存分に伝える『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』が発売から話題となっている。佐久間宣行さん、ラランド・サーヤさんも大絶賛する同書から、抜粋・再構成して特別公開する。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

脚本の教室Photo: Adobe Stock

 新年度が始まりました。

「いい仕事をしよう」「今年こそは、誰もが驚くような一打を」と気持ちを新たにしている方もいるかもしれません。

 しかし何がヒットするかわからない今、少しでも気を抜けば、市場データから逆算された「それっぽい」正解を求めた企画に流れてしまいます。

 誰にも否定されないけれど、誰の心も震わせない

 そんな「無難な企画」を量産する日々にならないために、過去の経験から教訓をお伝えします。

「浅い動機」は見破られてしまう

 映画監督として世界中の人と向き合う中で痛感したのは、「浅い思考」で作られたものは、たとえ技術的に完璧でも、一瞬で忘れ去られるということです。

 過去の名作の構図をなぞれば、それなりの映像にはなるでしょう。
 しかし、そこに自身の「なぜそれで心が動いたのか」という切実な動機がなければ、観客にはすぐに見破られてしまうのです。

 私が学生のときに初めて作った映画が、まさにそうでした。

 とにかく評価されたくて、そのころ流行っていた『パルプ・フィクション』と『マグノリア』と『きょうのできごと』を混ぜて煮込んで、劣化させたような映画を作りました。

 大学生の私が当時感じている本当の気持ちや伝えたいことは横に置いて、「それっぽい」かどうかしか判断基準になかったのです。

 当然、そんな映画はさっぱりなんの賞にも引っかからず、なんの話題にもなりませんでした。

「誰にも刺さらない企画」の正体

 そうならないために、今すぐ捨てるべきものがあります。

 それは、「客観性」という名の逃げ道です。

 企画職の方は、日々膨大なリサーチを行い、トレンドを追い、上司やクライアントを納得させるための「エビデンス」を積み上げていることでしょう。

 私もCMプランナーとしてたくさんの案件に関わっていた際、クライアントさんから「売りたい商品」のオリエンを受けて、それをどう伝えると視聴者が買いたくなるかを何百案も考えて、おすすめをプレゼンするということをしていました。

 でもそれがうまくいかなかった。
 ふと気づいたのです。どうしてこんなにも自分をすり減らしながら、誰かが作った商品を「なんとなくいい」と思わせることに時間を使っているのだろうか、と。

 今だったらわかるのですが、「市場が求めているから」「競合が成功しているから」という理由は、一見論理的ですが、実は思考の放棄に近いのです。

 誰にも刺さらない企画の正体は、「自分が本当にそう思っていないこと」を、言葉巧みにパッケージ化したものに他なりません。

「私」という主観を、企画の真ん中に置く

 浅い思考から抜け出すための唯一の方法は、徹底的に「主観」に立ち返ることです。

「このサービス、本当に自分でお金を払って使いたいか?」
「このプロジェクトが失敗して叩かれたとしても、自分はこれが正しいと言い切れるか?」

 こうした問いに対して、混じり気のない「Yes」があるか。

「主観」は、ビジネスにおいてしばしば「わがまま」や「独りよがり」と混同されます。
 しかし、現代のようにモノと情報が溢れた時代において、人々の心を動かすのは「最大公約数的な正解」ではなく、「たった一人の強烈な思い」なのです。

 そしてそこに、あなたにしかできない仕事のタネが眠っています。

「自分がいなくても回る仕事」を続けてきた人間は、変化の激しい時代において、真っ先に代替可能な存在になってしまうかもしれません。

 何より恐ろしいのは、「自分が何に感動し、何を成し遂げたかったのか」という感覚が麻痺していくこと

 泥臭く、不格好でもいい。あなたの「本当の思い」が乗った企画は、必ず誰かの心に届きます。