古代からの人類の課題
アンガーマネジメント
ここでは、欲望に溺れれば実りと正しい生き方を失うが、怒りに溺れれば命すら失うと説かれている。怒りがいかに有害であるかと忠告されているのだ。『マヌ法典』と仏教の精神には大きな隔たりが横たわっているが、それでも仏教の教えを短い警句によって伝える『法句経』には、つぎのような文言で怒りへの誘惑がたしなめられている。
ひと若し
他(ひと)の過(とが)をさがし求めて
つねに怒りの
心を抱かば
彼の漏(まよい)は増すべし
かくしめ漏尽(さとり)を去ること
いよいよ
遠からん
(友松圓諦(訳)『法句経』、講談社、1985:P167)
他(ひと)の過(とが)をさがし求めて
つねに怒りの
心を抱かば
彼の漏(まよい)は増すべし
かくしめ漏尽(さとり)を去ること
いよいよ
遠からん
(友松圓諦(訳)『法句経』、講談社、1985:P167)
さらに明の時代、万暦年間(1573年~1620年)の著述家とされる洪自誠が記した随筆集『菜根譚』も見てみよう。儒教的・道教的思考だけでなく、仏教的な思考を取りこんだこの書物でも、怒りの管理が大きな効用をもたらすことが指摘されている。
人が欺いていると知っても、ことばに出してとがめるようなことはしない。また、人が侮っているとわかっても、顔色を変えて怒るようなことはしない。(この両者はなかなかむずかしいが)、これができる態度の中には、限りないおもむきがあり、また、計り知れない効用があるものだ。
(洪自誠『菜根譚』、今井宇三郎(訳注)岩波書店、1975年:P144)
(洪自誠『菜根譚』、今井宇三郎(訳注)岩波書店、1975年:P144)
『マヌ法典』も『法句経』も『菜根譚』も、禁欲的に怒りをコントロールすることの重要性を説いている。アンガーマネジメントは認知行動療法の専売特許ではなく、人類史を通じて連綿と受け継がれてきたのだ。
心に怒りを生じさせ
その怒りを観察する
現代の生ける聖人として著名なダライ・ラマ14世テンジン・ギャツォ(1935年~)は、アンガーマネジメントの具体的な技法としてマインドフルネスを提唱している。
マインドフルネスとは、じぶんの心の動きをじぶん自身で観察することによって平静さを得るという認知行動療法の技法だが、もともとはベトナムの禅僧で、平和活動家でもあるティク・ナット・ハン(1926年~2022年)たちが、仏教の瞑想を心理学に取りいれて成立した。ダライ・ラマ14世テンジン・ギャツォは述べる。







