独学力#5
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経済、哲学、科学、政治…。一見バラバラに思える学問であっても、実は一つにつながっている。その源流というのが「宗教」だ。宗教から各学問がどのように分離していったのか、特集『あなたの人生を変える!「独学力」』(全10回)の#5では、「経済・哲学・科学・政治思想史年表」とともに流れをたどっていこう。(寄稿:社会学者 橋爪大三郎)

「週刊ダイヤモンド」2017年10月7日号の第1特集を基に再編集。肩書や数値など情報は雑誌掲載時のもの

全ての学問は宗教から生まれた
必須教養を学ぶ

 宗教は一昔前まで「全て」だった。政治も経済も、法律も道徳も、自然科学も宗教の一部。ヨーロッパでは16世紀までそうだったし、イスラムみたいにいまでもそれに近い社会も多い。

 宗教を突き破り、宗教の軛(くびき)を振りほどくことこそ、近代なのである。でも日本の学校は、宗教を教えない。戦前の反動だ。戦前は国家神道を、「宗教でない」として国民に押し付け、学校で教えていた。戦後、公立学校で宗教に触れることはタブーになった。学校で教えないなら、自分で学ぶしかない。

 例えば、一神教をどう学ぶか。キリスト教とイスラム教は、世界人口の半分を占める。共に一神教だから、似ている。人間を造ったのは神で、人間はモノ。でも霊的な存在で、神と交流できるとする。

 違うのは、キリスト教にはイエス・キリストがいること。救い主で神の子、いや神本人でもある。そのイエスを信仰し、従い、救いにあずかろうとする宗教だ。

 イエスは十字架で処刑され、復活した後天に昇ってしまった。イエスに従おうにも、存在しなくなった。次に現れるのは、この世界が終わるときだ。それまでどうするか。カトリックは、教皇と教会がイエスの留守を預かっていると主張する。国王も、教会の言うことを聞かなければならない。プロテスタントは、教会は人間の集まりにすぎず、そんな権限はないと主張する。人々は、教会と無関係に政府をつくるのが正しい。

 近代国家や民主主義は、伝統的なカトリック教会の介入を排除せずには、実現しなかった。

 次ページからは宗教と学問のせめぎ合いを、歴史をさかのぼって見てみよう。その歴史をたどれば、「全ての学問は宗教から生まれた」といえる理由が分かる。