たとえば、いわゆる「同調圧力」、心理学でいえば同調バイアスと呼ばれる現象です(*注1)。同調バイアスとは、たとえば避難警報が鳴ったときに、「みんなも訓練だと思っているから大丈夫だろう」と避難を遅らせるようなことです。そうした場面で作用しているのは、「集団の50%以上が訓練だと思っている」という客観的事実などではありません。あくまで、「多くの人がそう思っているだろう」という周囲の認識についての予期です。行列ができている店に入りたくなるのも、SNSで「いいね」が多い投稿に注目が集まるのも、同じです。
*注1 同調圧力に関する心理学の代表的な知見には、以下のような業績があります。
Milgram, S. (1963). Behavioral study of obedience. Journal of Abnormal and Social Psychology, 67(4), 371-378. Sherif, M. (1936). The Psychology of Social Norms. Harper.
世間の「空気」には
人を動かす力がある
近年の研究でも、人の行動や判断は、内面的価値観よりも、「周りの他者もそう考えている」という認知の方に強く影響されていることが実証的に示されてきています。
たとえば、学生の飲酒に関する心理学の研究では、学生たちは「周囲は飲酒を肯定的に受け止めている」と思い込んで行動していました。しかし実際には、多くの学生が内心では飲酒を不快に感じていたことが明らかになっています(*注2)。
『職場の対話はなぜすれ違うのか』(小林祐児、光文社新書)
同じく心理学には、「ステレオタイプ脅威」と呼ばれる現象があります。これは、ある集団に属する人が、その集団に向けられた否定的なステレオタイプ(固定観念)を意識した途端、本来の力を発揮できなくなるというものです。たとえば、女性が「女性は一般的に、男性より数学が苦手だ」というステレオタイプを意識させられると、それだけで実際にテストの成績が下がってしまうことが実証されています(*注3)。
このように、グループの中で「周りの人が何をどのように判断するだろうか」という周りの価値観への予期こそが、人の思考・行動に強い影響を及ぼしていることが、多方面から徐々に明らかになってきているのです。フランスの精神分析家であるジャック・ラカンは、「欲望は他人の欲望である」と言いましたが、そのことは多くの学問でも、実際の現象でも証明されてきています。
こうした「周囲の認識についての認識」は、これまで集団の「空気」や「雰囲気」などと呼ばれていたものです。「空気」というものは感覚的で捉えづらくコントロールが困難ですが、ここで言うコモン・センスはそれを「調整可能」なものとして捉え直します。コモン・センスという枠組みを通せば、「空気」のようなフワフワしたものを意図的に方向づけ、組織の行動やコミュニケーションを方向づけ、変革する手がかりとなるのです。
*注2 Prentice, Deborah A., and Dale T. Miller.“ Pluralistic ignorance and alcohol use on campus: some consequences of misperceiving the social norm.” Journal of personality and social psychology 64.2 (1993): 243.
*注3 Steele, Claude M., and Joshua Aronson.“ Stereotype threat and the intellectual test performance of AfricanAmericans.” Journal of personality and social psychology 69.5 (1995): 797.
Spencer, Steven J., Claude M. Steele, and Diane M. Quinn.“ Stereotype threat and women's math performance.” Journal of experimental social psychology 35.1 (1999): 4-28.







