こんなふうに言うと、「それならどんどん借金をしよう」と誤解して受け取る人がいるでしょう。そこも失敗と同じで、そんなに単純なものではありません。お金を使う目的が重要で、遊ぶため、ギャンブルのためというのなら論外です。生活費の補填のためというのも同じで、生きていくために仕方がないことであっても、返す当てがないなら現状に甘んじてだらだら借金を続けるのはよくありません。
許される借金というのは、事業を始めるときの投資や、新たなスキルなどを身に付けるための自己投資など、将来的なリターンが期待できるものです。これらがすべていいわけではなく、賭けの要素が強いので、勝算次第というところがあります。
家を買うための借金というのもよくありますが、返済計画に無理があると悪い借金になることがあります。その後の結果に評価が大きく左右される点も、借金は失敗とよく似ています。
失敗はあくまで、人が動いた結果であって、最初から失敗するつもりの人はいません。借金も同じで、人生を破綻させるつもりで借金をする人はいないでしょう。深く考えずに軽率に動いた結果であったり、窮地に追い込まれてやむを得ずという後ろ向きのものや、人生をよりよいものにするためという前向きなものがある点も似ています。
具体的な対策としては、やはりお金を使うときの目的をしっかりと検討することです。不必要な出費は、失敗を招きやすくなります。なにが必要でなにが不必要かは、人によって基準が異なるので、まわりがとやかく言うものではなく、自分で判断するしかないでしょう。結局、最後に責任を取るのは自分なのですから。
保険や貯蓄の役割は
事後対応でしかない
『人生の失敗学 日々の難儀な出来事と上手につき合う』(畑村洋太郎、朝日新聞出版)身近で起こるかもしれない問題への備えとして多くの人が好んで行っているのは、いざというときに生じる被害を保険や貯蓄などを使ってざっくりカバーする方法です。深く検討する必要がなく、それでいて多くのリスクに対処できる方法として広く普及しています。
しかし、このやり方は事後の対処のためのもので、失敗の種の成長や失敗の顕現そのものを防ぐものでないです。たとえるならそれは、突発的に街で見知らぬ人から殴られようと、事故や自然災害に遭おうとお構いなしに、事後のことは「お金で解決すればいい」としているようなものです。
それで本当に元の状態に戻すことができればいいのですが、大きなケガで後遺症が残ったり、最悪の場合は命を奪われることもあるので、本当の意味で備えになっているとは言えません。
ここで言いたいのは、「保険や貯蓄は意味がない」ということではありません。完璧に以前の状態に戻すのは難しいにせよ、いざというときにお金があると、一定の回復や新たな形づくりに役立てることができます。こうした備えが将来への不安の解消につながるなら大きなプラスにもなります。これが保険や貯蓄に期待する本来の役割です。



