被災者が明かす“やりすぎ防災”の落とし穴【東大名誉教授の回答】写真はイメージです Photo:PIXTA

自然災害への備えは重要だが、やりすぎるとかえって日常の暮らしが窮屈になる。実際に被災地では、「安全だけど不便になった」という声も少なくない。防災はどこまでやるべきなのか。数々の被災地を訪れた筆者が、経済合理性に優れた現実的な防災対策を解説する。※本稿は、東京大学名誉教授の畑村洋太郎『人生の失敗学 日々の難儀な出来事と上手につき合う』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。

次の大津波に備えて
島の「要塞化」に930億円

 自然災害のリスクへの備えは、どこまで想定するかで費用が大きく変わるので、なかなかの難題であると以前から考えていました。完璧に備えようとすれば、莫大なお金がかかります。安心を得るためにどんどんやりたいところですが、お金に余裕がなければそうもいかず、どこかで線引きをしなければならないのが現実です。

 その結果、予想を超える災害が起こって、せっかくの努力が無に帰することがときどき起こっています。

 自然災害への備えについて考えるとき、思い返す光景があります。津波の被害とその後の備えを視察するために、北海道の奥尻島を訪れたときに見たものです。

 奥尻島は北海道の西側にある小さな島(東西に約11キロ、南北に約27キロ)で、1993年7月の北海道南西沖地震で発生した津波で島の人口(当時約4500人)の約4パーセントにあたる198人の犠牲者(行方不明者も含む)を出しました。私が3現(編集部注/筆者の造語で、現地・現物・現人のこと)の調査のためにこの島を訪れたのは、その十数年後の2007年です。