「行きたくないのに行く」のは
人間しかできない立派な行動
人間は行動を選ぶことができます。たとえば、「職場」や「学校」は、いざとなったら、辞めてしまって、別の会社や学校に変わることができます。
これは、植物にとってはずいぶんとうらやましいことでしょう。何しろ、植物はそこで芽を出したら、一生をそこで過ごさなければならないのです。
移動することによって、置かれた環境を大きく変化させることができるのは、人間の持つ優れた特徴の1つです。もし心配なら、「いざ」というときに備えて、いつでも環境を変える準備をしておいても良いかもしれません。
しかし、置かれた環境は変えないという選択肢もあります。
「気が進まないが会社に行く」「行きたくないけれど、学校に行く」という選択です。
私たちにはさまざまな選択肢があります。「会社や学校を辞める」という選択肢もあるし、「会社や学校に行かずに、今日はゲームをして過ごす」という選択肢もあります。
しかし私たちは、それでもなお、「気の進まない会社に行き、行きたくない学校に行く」という選択肢を選ぶことがあります。
『雑草は、なぜ何度でも生えてくるのか』(稲垣栄洋、ポプラ社)
もちろん、好んでその選択肢を選んでいるわけではないかもしれません。会社や学校を辞めることにはリスクが伴いますし、休んで家で過ごすことにもリスクがあります。辞めたいと思ってもいざ辞めようと思うと手続きが面倒くさそうですし、休むのも後から色々と言い訳を用意したりと面倒くさそうです。そこで、そのコストやリスクを計算した上で、リスク回避のために会社や学校に行くのです。
それは、戦略的でポジティブな選択です。
「行きたくないのに行く」という勇気ある選択は戦略的でカッコいい行動です。もう出社したり、登校したという行動だけで、もう条件なしに、神さまにベタ褒めしてもらってもいいくらいです。
「行きたくないのに行く」
これだけで、十分に雑草にはマネのできない「行動」です。
しかし、「動けるのに動かない」という「選択」は、結果的には、「動けないから動かない」という植物とよく似ています。







