「人生100年時代」という言葉が浸透して久しい。健康寿命が延び、70代、80代まで働くことが「選択」ではなく「前提」となりつつある今、私たちはかつてない難問に直面している。それは「いかにして、一つの職業を数十年も持続させるか」という問いだ。独立研究者で著作家の山口周氏は、書籍『人生の経営戦略』において「『長く続けられる』という要件は決定的に重要になってくる」と語る。なぜ、長く続けられることが重要なのか。本書の内容をもとに解説する。(文/神代裕子、ダイヤモンド社編集局)
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「頑張る」は「楽しむ」に勝てない
「仕事はつらいのが当たり前」。そう自分に言い聞かせているビジネスパーソンは多いはずだ。
報酬を得る以上、苦痛や忍耐は不可欠であり、「楽しい」のは趣味の世界。楽しいだけでは成果は出せない……。そんなふうに考えてしまいがちだ。
しかし、山口氏は、中国、春秋時代の思想家である孔子の「論語」の一節を引用し、この「忍耐のパラドックス」を打ち砕く。
これを好むものはこれを楽しむものに如かず。(P.176)
これは「あることを知っているだけの人は、それを好んでいる人には勝てない。しかし、それを好んでいる人も、それを楽しんでいる人には勝てない」という意味だ。
パフォーマンスを上げようと「つらいことに耐えて努力する」道を選んだ時点で、孔子に言わせれば敗北は決定しているのだ。
本当に圧倒的な成果を出したいのであれば、むしろ逆に「楽しむこと」こそが生存戦略上の必須要件となる。
日本人を縛る「才能神話」
しかし、「好きなことを仕事にできるのは、才能がある人だけ」と思っている人も多いのではないだろうか。
山口氏は、海外と日本を比較すると「どうも日本には『生まれつきの才能やセンスを持っているヤツにはかなわない』という先入観が根強い気がする」と指摘する。
日本人のこのような考え方は、社会心理学者のキャロル・ドゥエックによって「硬直マインドセット=Fixed Mindset」と名付けられているそうだ。
一方で、これと真逆の考え方が「しなやかマインドセット=Growth Mindset」だ。
山口氏は、両者の違いに関して「『好きでやっている人』は何度失敗してもやり直そうとする、というのが孔子の指摘の本質」と語る。
超長期の人生だからこそ、仕事選びが大事
これと同じことを、棋士の羽生善治氏も「将棋はとにかく長くやっていくものなので、才能よりも、根気よく続けられることの方が大事」と指摘している。
楽しいから続けられる。好きだから、失敗しても何度もやり直せる。山口氏は「人生は超長期にわたるゲームなので、才能やセンスよりも『長く努力を続けられる』ということの方が要素としては決定的」と語る。
ここでいう「才能」とは、天から与えられた特殊能力ではない。
山口氏の主張を紐解けば、それは「他人には努力に見えることが、自分には遊びや楽しいことにしか見えない」という状態、すなわち「夢中になれる力」そのものなのだ。
このことは、筆者自身の苦い経験からも裏付けられる。かつて筆者は、報酬を得るために興味のない仕事を転々としていたが、どれも長続きしなかった。当時は「仕事なんて面白くないもの」と割り切り、楽しくなくて当たり前だと考えていたからだ。
だが、これは筆者だけの話ではないはずだ。多くのビジネスパーソンが「給料のためだから」と自分に言い聞かせ、興味のない分野で努力という名の空転を続けているのではないだろうか。
筆者はその後、未経験ながら、なんとか念願の編集・ライターの職についた。給料は安く、肉体的にも過酷な職場だったが、不思議と努力や勉強は苦にならなかった。できないことが悔しく、できるようになりたいと心から思えたからだ。
山口氏が語る「職業選択において、この『長く続けられる』という要件は決定的に重要になってくる」という言葉は、机上の空論ではない。
人が仕事にかける時間は、1日の大半を占める。だからこそ、苦なく自然に続けられることを選ぶことが、心身ともに健全に、かつ成長し続けることができるルートなのだ。
報酬のためだけに頑張るには、人生は長すぎる
仕事選びの軸として、多くの人が第一に挙げるのは「報酬」だろう。だが、山口氏はここに「長期戦略」としての落とし穴があると警鐘を鳴らす。
もちろん、家族を養うため、生きていくために報酬を最優先に働かざるを得ない人もいるだろう。
ただ、山口氏は長く続くであろう人生の「経営戦略」においては、「楽しめるもの」であることが重要であると指摘しているのだ。
「人生100年時代」という超長期戦において、「我慢の対価」として報酬を受け取るモデルは、戦略的に見てあまりに筋が悪い。なぜなら、その我慢はいつか必ず限界(バーンアウト)を迎えるからだ。
報酬は、人生という長期プロジェクトを完遂するための「燃料」であって、目的にしてはならない。
働かなければならないからこそ、少しでも楽しめる仕事を選ぶ。一見、遠回りに見えるその「好き」への固執こそが、あなたを遠くまで走らせてくれるに違いない。






