「構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。戦略とは何か。変化の時代に、企業は何を問い直すべきなのか。本連載では、さまざまな経営や組織の悩みについて坂田氏に話を聞きながら、同書の考え方を現在進行形の課題へと結びつけていく。
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「ユーザを理解している」という
思い込みの危うさ
――マネージャーの中には、「自分はちゃんと顧客のことをわかっている」と自信を持っている方も多いと思います。しかし坂田さんは、それが大きな落とし穴になると指摘されていますね。
そうです。私はこれまで数多くの企業の戦略立案を支援してきましたが、「顧客調査をしっかりやって声を聞いているから、ニーズは把握できている」という思い込みが、戦略の質を根本から損なっているケースを多く目にしてきました。
消費者サーベイや現場視察は、顧客を知るうえで確かに有効な手段です。
しかし、そこから得られる情報だけでは、顧客の「本質的なニーズ」にはなかなかたどり着けません。
――なぜ「声を聞く」だけでは、本質に届かないのでしょうか?
理由は大きく二つあります。
一つ目は、多くの場合、ユーザ自身が自分のニーズをうまく言語化できていないという点です。
たとえば、「うちは業界水準より給与が低い」「上司の評価が不公平だ」といった不満は、従業員から頻繁に聞かれます。
しかし、それらを一つひとつ改善すれば、本当にエンゲージメントが高まるのでしょうか。給与を引き上げたとしても、競合が追随すれば、さらに水準は上がるかもしれません。公平な人事制度を導入しても、自己評価より低い評価をされれば不満は残るでしょう。
ユーザが口にする不満は、あくまで「表層的な声」であり、その奥に潜む本質的なニーズとは別物なのです。
二つ目の理由は、ユーザの行動や感情は、再現性が低いという点です。視察のような状況では、観察されていることを意識したユーザが、普段どおりにふるまうことは難しくなります。そのため、得られる情報はどうしても表面的なものにとどまります。
「不」を集めるだけでは
戦略にならない
――たしかに、行動や言葉の裏に潜む意味までは、簡単に捉えられないですね。
私たちは、そもそも自分自身のことでさえ、きちんと言語化するのは難しいものです。
たとえば「あなたは何者ですか?」と問われたとき、どう答えますか?
多くの人が答えるのは「35歳、会計士」といったプロフィール情報です。
しかし、「知らない土地に行くとワクワクする」「コミュニティを運営しているときに達成感を覚える」といった内面的な感覚こそが、その人の本質的なニーズに近い情報です。
一方で、自分のそういった側面を言語化できる人は、そう多くありません。
自分自身のことでも言語化が難しいのに、他人の内面を表面的な観察だけで理解しようとするのは、やはり限界があります。
それにもかかわらず、表層的な情報だけで「ユーザを理解している」という前提のまま戦略を立てれば、結果として的外れな施策を積み重ねることになってしまいます。
――現場からの声を丁寧に拾い上げることが、逆に戦略を歪めてしまうケースもあるのでしょうか?
典型的な例が、2000年前後に日本企業の間で広まったERP(統合基幹業務システム)の導入です。
多くの企業が現場担当者へのヒアリングを繰り返し、業務上の「困りごと」を丁寧に収集しました。そして、それらの声をもとに個別カスタマイズを重ねた結果、「ERPのようなもの」を使いながら、従来のやり方をほぼそのまま続けるという、本末転倒な状況に陥りました。
本来ERPは、業務をシステムに合わせて変えることで、重複作業や非効率を一掃するためのものです。
しかし、現場の不平不満をすべて解消しようとした結果、非効率や属人性までもが温存されてしまったのです。
その結果、プロジェクトは巨額の費用と長期化を招き、競争力の強化どころか、維持コストの重荷を背負うこととなりました。
同様の構造が、DXや生成AIの導入でも繰り返されようとしています。「自分のチーム専用にカスタマイズしてほしい」「既存のExcelの形式は変えないでほしい」といった前提のもとでツールの導入を進めれば、「業務や思考の構造を変える」という本質には、たどり着きません。
「声の奥」にある構造を見極める
――では、マネージャーはユーザのニーズをどのように捉えるべきなのでしょうか?
核心は、「不」を埋めることではなく、その背景にある構造を捉えることにあります。
つまり、その言葉がどのような状況や体験から生まれているのかを理解することです。
たとえば、私が東南アジアでマレーシアのブライダル業界のプロジェクトに関わった際、机上の調査では見えてこない実態を把握するために、現場を繰り返し訪問し、当事者の話を聞き続けました。
その中で見えてきたのは、彼らが価値を発揮している場面が、日本で一般的にイメージされる「プランニング」とはやや異なるという点でした。ドレスや装飾、会場設備などを過不足なく手配し、全体を滞りなく成立させることに、強いやりがいや責任を感じている様子がうかがえました。
こうした対話を重ねていく中で、現地のウェディングプランナーの実態は、抽象化すると「レンタル業者」に近い役割を担っているのではないか、という理解に至りました。
このように捉えると、彼らにとっての本質的なニーズは、「いかに安定して、効率よくモノを手配できるか」にあることが見えてきます。
重要なのは、このように語り手の「感情が動いた場面」に着目し、その背景にある構造と、そこから導かれるニーズまで捉えることです。
「この仕事で報われたと感じたのはどんなときか」「悔しかった経験はあるか」といった問いかけによって、統計データや表面的なヒアリングでは決して見えてこない、具体的なエピソードが引き出されます。そこから浮かび上がる言葉の中にこそ、戦略の糸口となる「本質的なニーズ」が隠れているのです。
「顧客のニーズ」から
戦略を「デザイン」する
――坂田さんの最新刊『戦略のデザイン』では、こうした問い直しのプロセスを体系化されていますね。「デザイン」という言葉を使った意図を教えてください。
「デザイン」には、「形のないものを形にする」という意味があります。顧客ニーズの把握も同様で、断片的なユーザの感情や行動から、戦略の輪郭を立ち上げていくプロセスです。
「顧客調査をやれば答えが出る」と考えているうちは、本質には届きません。重要なのは、何を問うか、そしてどの順番で問うかです。
本の中では、ユーザの本質的なニーズを捉えるための問いを含め、10の問いを提示しています。
適切な順序で問いに向き合えば、経験がなくても、現場のマネージャーが実践的な戦略を描くことは十分に可能です。
戦略とはセンスの問題ではなく、
思考プロセスの問題です。
――最後に、マネージャーが今日から実践できることを教えてください。
まず、「顧客の声」と「顧客のニーズ」は別物だという認識を持つことです。ユーザの声は戦略の出発点ですが、それをそのまま満たそうとするだけでは、戦略はいつの間にか現状維持の延長にとどまってしまいます。
次に、現場での対話の質を変えることです。「なぜ?」と理由を深掘りするよりも、「どんなとき?」と問いかけて、相手の具体的な体験を引き出してみてください。
見たことや聞いたことを自分の言葉で書き出す習慣を持つこと。そうすることで、ニーズの解像度は着実に高まっていきます。
「顧客のことをわかっている」という前提を一度手放し、声の奥にある構造を問い直す。それが、現場マネージャーが戦略の質を引き上げるための、最初の一歩になります。
――ありがとうございました。
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。




