生徒の7割が部活動に参加
ゴルフ部やライフセービング部も
成城学園高校は部活動も活発だ。生徒の7割が参加している。文化部では吹奏楽、美術、演劇、写真など、運動部も野球、スキーなど多くの部が中高共通だ。高校では、ゴルフ、チアダンス、ライフセービングなど、他校にはあまり見られない部もある。
ラグビー部は1928年創部の古豪だ。大正末期から昭和初期にかけて関東のラグビー界で早稲田や慶応などと対戦して、存在感を発揮した。しかし戦後は低迷し、一時は部員数が足らず合同チームで大会に出場したこともあった。ところが24年には全国高校ラグビーフットボール大会東京都予選で、決勝に進出、惜しくも準優勝に終わった。
「元祖ミスター・ラグビー」と呼ばれる松尾雄治は、成城学園中学からラグビーの強豪・目黒高校に転校した。明治大―新日本製鉄釜石ラグビー部で活躍した。04年から12年まで成城大ラグビー部監督を務めた。
石塚弘章は成城学園中学時代からラグビー部で、14年に7人制日本代表に選ばれている。25年5月、静岡ブルーレヴズを退団し、選手を引退した。
松永美穂は女子7人制ラグビーの元日本代表だ。東京女子体育大4年生からラグビーを始めた。
馬術では、村上捷治が92年のバルセロナ五輪で監督を、松平頼典が64年の東京五輪で選手として活躍した。前述の女優・木村佳乃も馬術部OGだ。
坂井利郎は70年代に日本のテニス界をリードし、4大世界大会にも出場した。74年にイラン・テヘランで行われたアジア大会では、金メダルを取った。早稲田大教育学部教育学科体育学専修卒だ。
昭和電工専務を務めた安西孝之は、日本体育協会会長、日本ゴルフ協会会長を歴任した。
吉村祥子は高3でレスリングを始め、89年の女子レスリング世界選手権で金メダルを取った。
渡辺はる香は98年の長野五輪で、アイスホッケー女子日本代表として出場した。
医師の橋本しをりは23年に、日本山岳会で初の女性会長になった。中高を成城学園で過ごし、80年に東京女子医大を卒業、神経内科医となった。88年にガッシャーブルムⅡ峰(パキスタン、8035m)に隊長として登頂するなど、豊かな登山経験を持つ。日本山岳会の会員は約4300人で、平均年齢は70歳超、女性は25%だ。(敬称略)
(フリージャーナリスト 猪熊建夫)







