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*本記事はきんざいOnlineからの転載です。
イランが征服を受ける三つの理由
今回から4回連続で地政学的視点から米国を分析し、それらが金融市場に与える影響について検討する。今年2月、米国とイスラエルはイランに本格的な軍事攻撃を実施した。第2回では、地政学的な視点から両国によるイラン攻撃の背景を分析する。
歴史的に、イランは多くの大国から侵略を受け、多くの国と対立してきた。イランの歴史はアケメネス朝から始まるが、その後は被征服の歴史である。イランが多くの侵略を受けた理由として、大きく三つが挙げられる。
第一に、地理的要因である。イランは東西をつなぐ回廊に位置する。このため、古代からマケドニアのアレキサンダー大王や他欧州民族、中世にはアラブ系やアジア系民族の侵略を受けた。さらに近代以降には、ロシアの南方進出の圧力を受け続けてきた。
第二に、民族や宗教の違いである。イランのペルシャ人はインド・ヨーロッパ語族に属する。土着の宗教であるゾロアスター教を信仰していたが、1501年にサファヴィー朝がイスラム教徒全体の約10%を占めるシーア派を国教とした。中東の大部分はスンニ派のアラブ人であるが、イランはシーア派のインド・ヨーロッパ語族である。歴史的にシーア派は迫害され、多くは相対的に貧しい。このため、シーア派の盟主であるイランは中東各地のシーア派を政治的、財政的、そして軍事的に支援してきた。
第三に、豊富な資源である。イランの埋蔵量は石油が世界6位、天然ガスが同3位である(2024年、Energy Institute)。1908年に英国が油田を発見し、翌年に多国籍企業のアングロペルシア・オイル(現BP)が設立された。それ以降、資源関連の利権を求め、欧米諸国はたびたびイランに介入した。







