また、バズる投稿の多くが、「狙って当てに行った」ものではないという点も見逃せません。
むしろ、書き手本人があまり期待していなかった投稿が思いがけず注目され、逆に「これはいける」と思って入念に構成した投稿がほとんど無視されるといったことも珍しくありません。
ここから学べることは、「面白さの評価」は発信者の意図よりも、受け手側の偶発的な共感や発見に依存しているということです。
さらに、SNSで反応を得るには、内容がどれほど秀逸であっても「伝わりやすさ」と「伝え方の面白さ」が不可欠です。
「好き」という感覚が
「面白い」コンテンツを生む
背景情報の共有や説明の省略が不十分な場合、読者はすぐに離れてしまいます。この点においてSNSは、「初学者への配慮」や「一見性の高さ」を常に要求する場であり、創作者にとっては「伝える訓練の場」でもあるのです。
たとえば「上腕二頭筋を肥大化させたいなら、ネガティブ動作を意識な!」などと書かれても「なんのことです?」になりますが「腕を鍛えたいならダンベルを“持ち上げる動作”だけじゃなく“ゆっくり下ろす”ことも意識した方がいいよ」と日常の範囲で書けば、すんなり受け入れてもらえるというわけです。
『イマイチはなぜ生まれるのか? 脳が生み出す「通らない企画」』(加藤元浩、講談社)
以上のように、SNSには創作のヒントが無数に散らばっています。何が面白いと感じられるのか、それはどのように予測を超えて生まれるのか、そして、他者に伝えるとはどういうことか――。それらが実地で繰り返し検証され、可視化されているという点において、SNSは現代における最良の「面白さの実験場」と言えるかもしれません。
そして、多くのバズ投稿に共通する点が1つだけあります。それは、「投稿者自身が、そのネタを本当に好きだった」という事実です。
自然の美しさが「好き」な人は、その写真を投稿する。「ミニチュアづくり」「ドール」「映画」「スポーツ」などなど、様々なジャンルでそれが「好き」な人が、「面白い」と思った場面をSNSに挙げて見てもらっています。これが繰り返され、私たちはそれを「面白い」と捉えているのです。
このSNSにおいて、私たちが「面白い」という感覚の見つけ方がボンヤリ見えてきたのではないでしょうか。どうやら「好き」という感覚が重要な意味を持っているようです。







