森七菜さん主演の映画『炎上』が、公開から連日満席で話題だ。歌舞伎町・トー横に集う若者を描いた本作で監督・脚本を務めるのは、サラリーマンでありながらサンダンス映画祭で日本人初のグランプリを受賞した長久允氏。その思考法を存分に伝える『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』から、抜粋・再構成し、作品づくりの根幹に迫る。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

脚本の教室Photo: Adobe Stock

王道ができなくても問題ない

 脚本を書くことに向いている人はいるのだろうか。

 一般的な脚本術の本を読むと、論理的に物事を整理し、人の心の動きを把握し、冷静に文字として着地させられる人。そんな人が「向いている」と感じるかもしれません。

 もちろん、そういう人は向いていると思います。王道の作り方(例えば脚本でいうハリウッド式脚本術のようなもの)も、ストレスなく実行できるのではないでしょうか。

 そういう人はガンガンやってください。

 しかし私は、そうじゃなくても大丈夫だと伝えたいのです。

 むしろ、「論理的に整理ができなくて、いつも部屋も心もとっ散らかっている」とか「他人の心がわからないと感じる」とか「高揚したり沈んだり、感情の起伏が激しい」とか、そのような特性を自分に感じる人ほど、向いているのではないかとさえ感じるのです。

「知っている」から「書ける」

 映画はとっ散らかっていていい。整頓なんてされていなくたっていい。
 あなたが感じるままに、散漫に、奔放に、書き散らかしたものが私は観たい。

 他人の心なんて実際わからないのだから、偉そうにわかった気になって書くよりも全然いい。

 むしろ他人の心がわからなくて、混乱し奔走するあなたの物語が観たいのです。

 高揚したり、沈んだり、そういう瞬間をあなた自身が感じられているということは、知っているということは、そのような描写が書けるということなのだから。

 あなたが体験したHIGHとBADを脚本に書いたらいい。

 平穏に生きてきた者には書けない、あなたにしか書けない物語がきっと書けるはずだから。

 だから、情緒不安定なあなたは向いている。私はあなたに脚本を書いてほしい。

 私は心からそう思っています。