神道が「ない宗教」であるとすれば、仏教は、それとは性格がまったく異なる、まさに「ある宗教」である。

性格の異なる神道と仏教が
日本で共存できた不思議

 仏教には、釈迦という創唱者がいる。究極の悟りを開いたとされる釈迦は、その後、インド各地をまわり、自らの悟りにもとづく教えを説いていったとされる。その教えを記したのが、膨大な数作られてきた仏典である。

 仏典の内容はそれぞれで大きく異なっている。人間が直面せざるを得ない「苦」から、いかに解き放たれていくか、その方法がそれぞれの仏典に示されている。仏典は、救いの手立てを示したものであり、それを学び実践する聖職者として僧侶がいる。

 このように、神道と仏教を、「ない宗教」と「ある宗教」として対比させてみると、両者の違いが際立ってくる。これほど性格の違う2つの宗教が、日本においてともに長い歴史を経て、共存してきた。この点は注目されるべきである。というのも、ほかの宗教、ほかの国や民族ではそうした事態が起こっていないからである。

 仏教の場合には、その伝来以来、すでに1500年以上の歳月が経っている。神道については、創唱者がいないため、そのはじまりをいつに定めるかは難しい。不可能であるとも言える。だが、少なくとも仏教が伝来する以前には、間違いなく神への信仰があったわけだから、その歴史は相当に古い。

 これは日本最古の歴史書である『日本書紀』に記されていることだが、仏教が初めて伝来した時点では、仏教の仏は異国の神としてとらえられた。しかも、そうした神への信仰を取り入れるならば、土着の神の怒りを買うと怖れられた。その点では、仏教が排斥されていた可能性もないわけではない。実際、『日本書紀』では、そうしたことが行われたと述べられている。

 しかし、日本人は仏教を排斥し、日本から追い出してしまうことはなかった。むしろ、積極的にその摂取に努めるようになる。その後、多くのお寺が建てられ、出家して僧侶になる人間も増えていった。しかも、その速度はかなりのものだった。