しかも、中国には、仏教が伝えられる以前に、道教や儒教といった中国生まれの宗教が存在した。こちらは、神道のような「ない宗教」ではなく、「ある宗教」である。
したがって、仏教は、道教や儒教と競合することになり、その中で変容をとげていった。つまり、中国に伝えられた仏教は、次第に道教や儒教と競合する中で、その影響も受け、「中国化」していったのである。中国仏教は、そのもとにあるインド仏教とはかなり違うものになったのだ。
日本人が主に取り入れたのは、インド仏教ではなく、中国化した仏教、「中国仏教」であった。中国仏教も、歴史を重ねるにつれて変容をとげていき、それぞれの時代には最新の流行が生まれた。
日本人は、中国仏教が変容をとげるたびに、新しい流れを学ぼうと中国にわたり、それを取り入れていった。変容したことは、日本人僧侶や、その僧侶から教えを学び、儀式を営んでもらう権力者にとっては大きな魅力であったはずである。というのも、インドの人々の考え方より、中国の人々の考え方の方が日本人には近いものだったからである。
『大乗仏教はなぜ日本人を魅了したのか』(島田裕巳、扶桑社)
日本でも、その特有の事情にあわせて、仏教は変化していった。神仏習合(編集部注/仏教と神道が一体の関係におかれること)という事態は、まさにそれを象徴する。中国でも、仏教は道教や儒教と習合したが、道教や儒教は神道とはかなり性格が異なる。それによって日本仏教は、中国仏教とも異なるものへと変化してきたのである。
仏教が2500年前に生まれたのだとすれば、それはひどく古いもので、時代遅れになったとしても不思議ではない。実際、そうした面があることも否定できない。
しかし、仏教は、現代になっても、その魅力をすっかり失ってしまったわけではない。それは日本の社会にしっかりと根づき、一定の役割を果たしている。それも、仏教には依然として独特の魅力があるからである。







