孤立主義に再び向かう米国、象徴のトランプ関税が促す「トヨタ1強」と日本自動車株の明暗写真はイメージです Photo:PIXTA
*本記事はきんざいOnlineからの転載です。

第2次世界大戦を契機に国際主義に転換

 ドナルド・トランプ大統領は、米国第一主義を掲げ、関税率の大幅な引き上げ、国際機関などからの離脱、不法移民対策の強化などを打ち出した。さらには、ベネズエラ大統領を拘束し、デンマークの自治領グリーンランド購入を要求し、イランを攻撃してハメネイ師を殺害した。これらは、個性の強いトランプ氏による特異な行動と思われがちだが、米国の伝統的外交・安全保障政策に起因するものであると考えられる。

 米国のDNAの一つが外交的孤立主義である。米本土とユーラシア大陸とは太平洋、大西洋、北極海で隔てられている。このため、欧州やアジアから米本土が攻撃される可能性は低い。

 国土は世界3位の面積を持ち、人口は3億4,180万人(2025年7月1日時点)と世界3位であり、国内総生産(GDP)は世界の26%を占める(2位中国17%、25年10月時点の国際通貨基金(IMF)推計)。世界最大の石油生産国であり、食糧でも世界有数の生産国。そして、軍事力は世界最強である。他国に依存しなくても、国家を運営できる特性を持つ。

 1823年に、第5代大統領ジェームズ・モンローが下院の年次報告で、米欧相互不干渉を求めるモンロー・ドクトリン(モンロー宣言)を発表した。これは、(1)米国は欧州主要国間の紛争に一切関わらない(非干渉原則)、(2)欧州主要国が中南米諸国に干渉するのを拒否(不干渉原則)、(3)中南米諸国の独立を認め、植民地は認めない(非植民地原則)――という内容で構成される。その後、米国は外交的孤立主義を維持した。

 第2次世界大戦を契機に、米国は国際主義に大きく転換した。米国は東西冷戦でソ連と厳しく対峙し、世界的な核戦争が起こるリスクが高まった。このため、米国は欧州や日本などと軍事同盟を締結した。しかし、1989年に冷戦は終結し、91年にソ連は崩壊した。

 一方、80年代以降、米国の石油生産が減少し、中東への依存度が高まった。このため、米国は中東への介入を強め、91年の湾岸戦争、2001年のアフガン戦争、03年のイラク戦争などを主導した。しかし、00年代以降のシェール革命の恩恵によって、米国はエネルギー自給を達成し、純輸出国に転じた。