「他責思考」ではなく「自責思考」に徹する――。これはよく耳にすることですが、一流アスリートはさらに一歩踏み込んで、「自分のせいではない」ときこそ自責思考をするといいます。そうすることによってこそ、自らの技術を磨き上げることができるし、最高度のチームワークを実現することにもつながるからです。つまり、強くなるためには「自責思考」が有効だということ。そして、そういう思考が身についた真に優れたアスリートのプレイには、ある特徴が現れます。それは何か? 本稿では、それを明らかにします(この記事は、『超☆アスリート思考』(金沢景敏・著)を抜粋したものです)。
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トップアスリートはみな、自分に「矢印」を向ける
自分に「矢印」を向ける――。
これは、トップアスリートに共通するマインドセットです。
ミスをしたり、負けたりしたときに、「試合会場の状態が悪かった」「審判の判定が厳しかった」などと、“自分以外の何か”のせいにしようとはしません。あくまでも自分に矢印を向けて、「どうすればよかったのか?」と考える。この「自責思考」を徹底しているのです。
僕はこのマインドセットを、京大アメフト部時代に水野弥一監督に徹底的に叩き込まれました。
水野監督は、本気で「京大アメフト部を日本一にする」と考えていらっしゃったから、とにかく厳しかった。
水野監督のご指導を受けた4年間で最高に褒められた言葉が「悪くないな」という一言だけ。それどころか、目立つタイプだったからか、僕は「叱られ役」のような存在で、しょっちゅう叱り飛ばされていました。
そして、試合でも練習でも、ミスや失敗をしようものなら、「ドンマイ、次は頑張れよ」などという言葉をかけられることなどあり得ず、「なぜ、失敗したのか?」「なぜ、そんなプレイをしたのか?」と容赦なく問い詰められるのが日常。“自分以外の何か”のせいにしようとしたり、なんらかの言い訳などしようとしたら、まるでサンドバックのように、完膚なきまでにやり込められました。
なぜ、名監督は選手を追い詰めたのか?
当時は、「そこまで言わんでもええやろ」という反発心もありました。
監督の言うことは正しいけれど、ここまで選手を追い詰めなくてもいいじゃないか、と。でも、今となれば、その反発心は、僕のなかにあった「甘え」にすぎませんでした。そして、あの厳しさにこそ、監督の「親心」がこめられていたことがよくわかります。
監督は、「失敗」した選手に対して、「ドンマイ」などという言葉を絶対に使いませんでしたが、そんな“気休め”を口にしても、選手のためにならないと考えておられたからだと思います。
それよりも、「失敗」をしたときに、自分に矢印を向けて、「なぜ、失敗したのか?」「どうすれば、二度と同じ失敗をしないのか?」と徹底的に突きつめる。そして、それを克服するために全力をかけることで、スキルが磨かれるだけではなく、人間としての成長があるということを、僕たちに叩き込もうとされたのだと思うのです。
「自分のミス」でないときこそ、自責思考に徹する
実際、トップアスリートはみなさん「自責思考」を徹底されています。
驚かされるのは、明らかに“自分のせいではない”場合であっても、矢印を自分に向ける方が多いことです。そして、そのマインドセットがあるからこそ、アスリートとして一回りも、二回りも大きく成長されているのです。
元バレーボール選手の栗原恵さんもそうです。
バレーボールでは、選手同士で飛んできたボールを“お見合い”してしまうことがありますが、こういうときに、「相手のせい」にしないのは当然のことです。
そんなことをしても、喧嘩になるだけ。それよりも大切なのは、冷静に話し合うことによって、「こういうときにはこうする」といった役割分担のルールをつくって、チーム内で共有していくことです。
ただ、問題はその先にあります。
というのは、そうしたルールを決めたのにもかかわらず、チームメイトが取るべきボールを取らずに失点することがあるからです。
こういうときは、いくらでも「相手に矢印を向ける」ことはできます。だけど、栗原さんは、「ここで矢印を人に向けると、思考が止まってしまう。こういうときこそ、自分に矢印を向けることが大切」とおっしゃいます。
どういうことか?



