信用度の比較という形で判断する際、再現実験の結果はきわめて重要です。再現してみないとわからないことは、たくさんあるのです。

 けれど、それはとても大変な作業です。撮影スタジオに設置する電車のセットは、証明する内容によっては再現性を高めるため、床、壁、ドア、窓などをすべて事件当時の電車と同じ寸法にし、座席や吊り革なども正確に再現しなければなりません。

弁護側が自費で再現映像を
作らなければならない

 事件当日と同じ時間帯の車内の混雑状況、乗客の動き、停車駅での乗降客の流れなども忠実に再現したうえで、痴漢行為の様子を撮影しなければなりません。支援者の協力も必要だし、お金も相当かかります。

 再現映像に対して、たいていの検察官は「実際の電車でもないし、状況の再現などできるわけがない」と強硬に反論しますが、弁護側が実際の満員電車の中で再現映像を撮れるわけがなく、できるとしたら捜査機関しかありません。

 そもそも、検察には被告人の有罪を立証する義務があります。自分たちがやるべき仕事をせず、弁護側に無罪立証させるなど本末転倒もはなはだしい。

 裁判官も、再現映像を弁護側反証の当たり前のツールとして考えているのだとしたら、由々しき話です。弁護側が再現映像を作らなければならない現実が間違っているのです。

 しかも裁判所は、「再現映像は本件の状況を忠実に再現したものとは認定できず、証拠として採用することはできない」などと言って、不当に過小評価します。

 Nさんの控訴審もそうでした。東京高裁は、再現実験の結果よりも女子高生の証言のほうが信用できるとして、控訴棄却としたのです。

 こうして迎えた上告審。2009年4月14日、最高裁第三小法廷は、一、二審の有罪判決を破棄し、痴漢事件としては最高裁初の逆転無罪判決を下しました。

 原審に差し戻さず、上級裁判所が自ら判決を下すことを「自判」といい、原判決を破棄しなければ明らかに正義に反すると認められる場合に、事件をより迅速に解決させるために行われます。