気候変動の影響か、最近は真夏の東京の暑さも半端ない。そのため恵比寿に出勤するときも、夏は着替え持参が当たり前になった。駅から店に着くまでに、まるでシャワーを浴びたかのように、全身ぐしょぐしょになっているからだ。
隣席の男の異常事態を
おじさんは優しく気遣う
とまあそれくらい汗っかきの僕だから、その日もおしぼりやポケットティッシュではとても間に合わなくて、ついにはテーブルに置いてあるティッシュ一箱を使い切ってしまった。
しかし、味仙の麺もスープも旨いのだ。ずるずる啜るのが止まらないのだが、食べれば食べるほど、まるでスポンジをぎゅうぎゅう絞ったみたいに、汗がダラダラ流れ落ちるからたまらない。
「大丈夫ですか?」
ふと横を見ると、僕よりも少し年上のサラリーマン風のおじさんが心配そうに覗き込んでいた。いや、おじさん、そんなまじまじ見ないでくれ、顔が近いよ、恥ずかしい。
おどおどしてすぐに答えられずにいると、
「救急車、呼びますよ?」
具合が悪いと思って、僕をすごく心配してくれていたのだ。
「いえ、大丈夫です。汗っかきなもので……」
と言ったら、「あぁ、そうですか」と納得したようで「これ、使ってください」と、おずおずと自分のハンカチを差し出してくれた。地味でくすんだ感じの、グレーだかベージュだかの、いかにもおじさんっぽいハンカチだった。
おじさん、優しい。
お礼を言って、おじさんのハンカチで再び汗を拭った。食べ終わる頃には、ハンカチがびっしゃびしゃになっていた。さすがにこのまま返すわけにはいかない。
『うまい旅 笠原将弘のあちこち出張日記』(笠原将弘、光文社)
「すみません。クリーニングして返します」と伝えると、「もう、あげますよ!」とにっこり。名古屋のおじさんは僕の救世主だった。ありがとう。
それが味仙での一見の思い出だ。以来、味仙に行くのが前もってわかっているときは、僕はバスタオルを持参している。味仙の「イタリアン」は、僕には永遠に攻略できない味だろう。
でも、もしもいつか食べる機会が到来したら……着替え一式(もちろんパンツも)持参で行くのは、間違いないと思う。
おじさんがくれたハンカチは、いまだに大切に持っている。あとからふと思ったが、差し出してくれたあのとき、すでに使用済みだったのかも。もう今となっては、わからないけれど。







