スタートアップが成功できるか、失敗して消えてしまうか? それを決めるのは、Product Market Fit(PMF:プロダクト・マーケット・フィット/市場で顧客に愛される製品・サービスを作ること)を達成できるかどうかにかかっている。『増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』(田所雅之著、ダイヤモンド社)は、起業家の8割が読み、5割が実践する起業本のベストセラー『起業の科学』を9年ぶりに大改訂した最新版。本連載では同書から抜粋して、スタートアップの成長を加速するポイントについて、わかりやすくお伝えしていきます。
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市場環境の流れを読む
「プロダクトの歴史的な進歩はどうなっているか?」
「今後プロダクトは、どの方向に向かっていくか?」
「今だからこそ、課題に対するソリューションが可能になった最近の技術的トレンドは何か?」
こうした問いに答えるかたちで、スタートアップは市場環境の流れを読んでいかないといけない。
人工知能(AI)の研究・開発企業Anthropic PBC(アンスロピック・ピービーシー、Anthropic Public Benefit Corporation:公益企業型株式会社)は2021年に設立された。
2025年時点でその企業評価額は1,830億ドル(約27兆円)ともいわれる。この数字は、創業からわずか4年で達成した驚異的な成長であり、日本のソニー(約26兆円)を凌駕する。急成長の要因は2つある。
①「AI安全性ファースト」の戦略
ChatGPTブームで多くの企業が速度重視の開発競争に走る中、Anthropic PBCは安全性を最優先に据えた「責任あるAI開発」を掲げた。2023年以降、企業や政府機関でAI導入が本格化するが、同時に安全性やリスク管理への懸念が急速に高まった。
実際、一部の企業ではChatGPTなどコンシューマー向けAIツールの利用を禁止する一方で、より安全性の高いAPI経由での導入を求める動きが拡大している。
その流れとAnthropicの「安全性重視」戦略がリンクしたのは決して偶然ではない。市場の流れを読む力がこの戦略をもたらした。
②エンタープライズAI市場の急拡大
私は2025年にシリコンバレーの複数の企業を訪問し、ヒアリングを行った。
多くの企業がコンシューマー向けAIツールではなく、API経由で自社システムに統合できるAIソリューションを求めていた。その選定基準として、性能やコストパフォーマンスはもちろん、安全性テストの充実度を重視する声が目立った。
「AI導入は進めたいが、安全性を犠牲にするのは合理的ではない」という考えが広がっているのだ。
こうした傾向を背景に、安全性を強みとするAnthropicが躍進している。企業向けLLM(大規模言語モデル)市場でのシェアは32%に達し、OpenAIの21%を大きく上回るまでに成長した(2024年だけでも、元OpenAI安全性責任者のJan Leike氏をはじめとする著名研究者が同社に参画)。
この結果、Anthropicは2025年6月時点で40億ドルの年換算収益を達成し、OpenAIの収益の40%相当の規模に到達(図表1-3-3)。
「200社以上の公開ソフトウェア企業のIPO分析で、この成長率は前例がない」とMeritech(メリテック、日本のIT企業)のアナリストが分析するほどの急成長を遂げている。
安全性への配慮と収益性の両立を実現した「新世代のAI企業」として、Anthropicの今後の動向が注目される。
(本稿は『増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動した。
日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップ約1500社の評価を行ってきた。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。
2017年、新たにスタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。その経験を生かして作成したスライド集『スタートアップサイエンス2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』『「起業参謀」の戦略書』(ダイヤモンド社)など。





