「1時間ぐらい沈黙するから…」志村けんの「バカ殿様」が新人を育てた納得のワケ【桑マン証言】桑野信義/1957年東京都生まれ。トランペット奏者、歌手、タレント。「シャネルズ」(のちのラッツ&スター)のメンバーとして『ランナウェイ』『め組のひと』など数々のヒット曲で知られる。テレビ番組『志村けんのバカ殿様』『志村けんのだいじょうぶだぁ』などでコメディアンとしても活躍。2022年、大腸がんの闘病と復帰を綴った著書『がんばろうとしない生き方』(KADOKAWA)を刊行した 画像:本人提供

シャネルズ、ラッツ&スターと並行して
お笑いの世界へ飛び込んだワケ

――もともと、志村さんとはどのようなきっかけで知り合ったのですか?

 僕ら(※シャネルズ、ラッツ&スター)がバンドをやっている頃に、お客さんとして見に来てくださったのが、最初ですね。確か、高木ブーさんも来てくださいました。うちの事務所の社長が、ドリフターズの皆さんの事務所と関係が深かったので。

 その後、『全員集合』に僕らがゲスト出演させていただく機会があって。ただ、雲の上の人だと思っていたので、ご挨拶はしても気軽にお話なんてできませんでした。

 はっきりと覚えているのは、『だいじょうぶだぁ』(1987年〜/フジテレビ系列)に出演することが決まったとき。確か、『加トちゃんケンちゃん(ごきげんテレビ)』(1986年〜/TBS系列)の収録をしていた志村さんの楽屋を訪ねたら、パンツ一丁で肩からタオルを引っ掛けた志村さんと加藤茶さんのお二人がいらした。

 もう、戦々恐々としながら「この度は、よろしくお願いいたします!」ってご挨拶をしたら、「あぁ、よろしく」って素っ気ない感じでね。ほんとに怖いんですよ(笑)。

――テレビのコントで見せる顔とは違ったんですね。

 加藤さんだって、普段はバシッと格好いいスーツを着てらっしゃって、シャープな感じですよ。やっぱり、只者ではない雰囲気でしたね。

――『だいじょうぶだぁ』は、歌手やアイドルなど、異業種の人も多く出演されていましたよね。桑野さんに白羽の矢が立ったのは、なにが理由だったのですか?

 志村さんはお笑い系以外の人と一座を作りたいと考えたそうなんです。特に、音楽系の人はリズム感があるから「間」が良いと。それに、お笑い出身の人とは違った化学反応みたいなものを期待したんだと思います。

 僕たちは、バンドの時もライブでヒゲダンスをやったり、コントのようなこともやってましたから、そういう素養があると思ってくれたのかもしれません。