「バーチャル生物学者」という
ダリオ氏のビジョン
技術の未来を明るいものと信じ、テクノロジー業界に長く身を置いてきた私にとっても、近年のAIの急激な進化には「本当に人類にとって良いことなのか」と疑問に思う場面が増えています。
例えばソフトウェア開発において、仮にAIの方が優秀で、複雑な処理を正確に、素早く実現できるとしましょう。しかし、時間をかけて頭をひねりながら問題に取り組み、結果を出す行為そのものに喜びを感じている人は少なくありません。達成感や高揚感といった「人が好きでやっていたこと」をやり遂げたときの喜びを、AIが奪うことは正しい進化なのでしょうか。これはソフトウェア開発だけの話ではなく、テクノロジー業界にいる私だけの感覚ではないはずです。
もちろん、AIがソフトウェア開発で「人にはできなかったこと」を実現している面があることは認めます。しかし、むしろ人ができてもやりたくなかったこと、あるいは人にはできなかったことこそ解決してほしい。認知症の治療法の確立や難治がんへの新たなアプローチ、希少疾患の治療薬の発見。そうした難題の解決にこそ、AIの力が向かうべきではないかと思うのです。
だからこそ、ダリオ・アモデイ氏が2024年に発表したエッセイ「Machines of Loving Grace(愛しき恩寵の機械たち)」に、私は強く引きつけられました。
このエッセイで彼は、AIを「データ分析の手法」としてではなく「バーチャル生物学者」として捉えるべきだと主張しています。実験を設計し、ラボのロボットを操作して実際に実験を行い、新しい測定技術を発明する。人間の生物学者がやることのすべてをAIが行う、という構想です。
彼の予測は具体的です。強力なAIが実現すれば、人類が今世紀の残り全体をかけて達成するはずだった生物学・医学の進歩を、わずか数年に圧縮できる。がんの死亡率と発症率を95%以上削減し、アルツハイマー型認知症を予防し、遺伝性疾患の治療法を確立できる。しかも、5年から10年という時間軸で、です。
この言葉に説得力があるのは、それが単なる技術楽観論ではないからです。







