まず立ちはだかったのは、「パン職人の確保」という大きな壁だった。全国的な職人不足のなか、宮崎で経験者を募るのは至難の業だ。そこで大津氏は、根本的な問いを立てる。

「伝統を守るために、熟練の職人は不可欠なのか?」

 職人がいないなら、育てればいい――。そう考えた大津氏は、製パンは未経験ながら製菓の専門学校を卒業した意欲ある若手を社員として採用した。その後、大津氏自身と若手社員は都成氏から直接教えを受けることに。2024年9月から2カ月間、宮崎県食品開発センターのテストキッチンで試作を重ね、都成氏夫妻の指導のもと、全工程にわたって技術を引き継いでいった。

ミカエル堂写真提供:ミカエル堂

 次に立ちはだかったのは、初期投資の壁だった。デッキオーブンをはじめとする製造設備の一新が必要だったが、タイミングや条件の制約から補助金の活用は難しく、全て自己資金と融資で賄う必要があった。

 東京のメインバンクからは色よい返事を得られなかったが、「地元の金融機関なら事情が分かっているから、きっと貸してくれるはずだ」とアドバイスを受け、宮崎の金融機関に打診。すると、スムーズに融資が決定した。

 技術の承継だけでなく、地元の信頼も承継できたことは大きい。伝説のレシピを継承した新生ミカエル堂のインフラは整った。

クラウドファンディングで大注目
開店初日には150人の行列

 後継者としてスタートしたとはいえ、手元にあるのはミカエル堂というブランドとレシピだけ。旧ミカエル堂は給食用のコッペパンや、30種類を超える卸売用のパンまで手掛ける、地域に根差した”パンメーカー”だった。

ミカエル堂ミカエル堂の「ジャリパン」 写真提供:ミカエル堂

 しかし、熟練の職人のいない新生ミカエル堂は、以前のように多品種のパンを店に並べることはできない。ジャリパン専門店として、場所もスタッフも一新した形でのリスタートとなった。