「ジャンルの壁を壊す」とか「ジャンルにとらわれない」とか、そういうことを口だけで言うのは簡単だ。けれど、ジャンルそのものが悪や弊害なわけではない。

 今の時代のジャンルというのは、単なる音楽の分類を意味しない。同好の士が集まる居場所、すなわち「界隈」であり「コミュニティ」である。

『ヒットの復権』書影ヒットの復権』(柴 那典、中央公論新社)

 そしてコミュニティは趣味の集まりであると同時に、しばしばアイデンティティの拠り所になる。人は音楽を聴くことで自分の輪郭を確かめ、誰かを「推す」ことで同じ熱を共有する人たちと居場所を作る。その対象が多種多様に広がっている状況は、文化の豊かさの象徴でもある。

 ただし、コミュニティが内向きになっていくことは、「分断」と背中合わせの現象でもある。現代社会の分断は、自分と異なる意見を持つ相手を「敵」と認定して罵り合うような極端な攻撃性だけによって起こっているわけではない。

 むしろそれ以前に、アルゴリズムのレコメンドが選択を助け、お互いの世界が「見えなくなる」ことに、その本質がある。それぞれの好みと価値観に最適化されたタイムラインの中では、自分と異なる「界隈」の人間は存在しないも同然になる。顔が見えないからこそ関心がわかず、想像力が働かず、ふとした瞬間に平気で冷酷になれる。

 だからこそ、大森元貴が試みたのは「壁を壊す」だけでなく「橋をかける」ことだった。異なる価値観を持ったコミュニティが、それぞれの違いを認めた上で、お互いに称え合う場を作ることだった。