これに対してロシアの地方部では10万人あたり200人とか300人という膨大な戦死者が出ており、トゥヴァ共和国のようにこの比率が400人/10万人を超える地域さえある。あまりにも圧倒的な命の格差だ。

 しかし、そうであるからこそ、都市部の住民には、戦争に反対する強いインセンティブが生まれない。自分や息子に徴兵令状が届くわけではないし、消費生活が極端に窮乏化しているわけでもない。

 マクドナルドは撤退したが、残った店舗は「フクースナ・イ・トーチカ」と名を変えて営業を続けているし(本家より味がいいという声もある)、トヨタ車やアップルのスマートフォンは中国製の同等品に取って代わられた。

 つまり、都市部の人々は平時と変わらずに恵まれた暮らしを送っているのであり、それでも政権に反発して職を失ったり拘置所に入ろうという人はそう多くないと思われる。

 もっと言えば、人々が政権のプロパガンダを受け入れているのも、差し迫った命や生活の問題に直面していないからではないだろうか。

徴兵逃れが常態化したロシア軍は
定員割れが深刻なレベルに

 こうした巧妙な政治戦線運営術は、一夜にして生まれてきたものではない。むしろプーチン政権が四半世紀に及ぶ権力運営の中で培ってきたものと見るべきであろう。

 そこで今度は、命に格差をつける政策の起源について考えてみたい。

 ロシア人との会話にはよくプーシキンが登場する。あの文豪プーシキン(編集部注/生涯で30回近い決闘をしており、決闘で受けた傷が元で死亡した)のことだ。「誰がそれをやるんだ?プーシキンか?」という具合で、要は「そう都合よくはいかないだろうが」といった文脈で持ち出されるのである。

 戦争に関する話題の中で持ち出される場合、「誰が戦うんだ?プーシキンか?」という感じであろうか。そして、大統領に就任した当初のプーチンが迫られていたのは、そのプーシキンを決めることだった。

 当時のロシアでは、軍隊内の環境の悪さや戦地に送られる危険性から、徴兵逃れが常態化していた。