この結果、軍は常に深刻な定員割れに直面しており、ようやく集められた兵士の質も非常に低かった。
2003年のモスクワ軍管区における統計を例に取ると、この年に徴兵された若者の39.2%が徴兵前まではNEET(学業、職業、職業訓練などいずれにも就いていない者)であり、44%が中等教育を卒業しておらず、32%が犯罪集団との関わりを持っていたという。
要は、軍隊が社会的弱者かヤクザ者の集まりになってしまったわけである。
この状態をなんとか脱却しなければロシア軍はまともな軍事力たり得ず、破壊戦略か消耗戦略か、あるいは大規模戦争か「ソフトな脅威」への対処かなどという議論以前の問題であった。
ロシア軍の人員充足体制改善に向けての具体的なシナリオを策定したのは、エリツィン政権下で財務相、第一副首相、首相代行などの要職を歴任したエゴール・ガイダルである。
政府を去った後、移行期経済研究所というシンクタンクを運営していたガイダルは、同研究所が実施した軍の人員充足体制に関する研究の成果報告書を2001年7月にプーチン大統領に提出した。
その骨子は、徴兵期間を2年(当時)から6カ月へと短縮し、しかも徴兵は実戦部隊に配属するのではなく、新設の予備役訓練センターで将来の動員に備えた訓練を受けさせるようにする、というものであった。
つまり、ここで想定されていた新たな徴兵制は、万一の大規模戦争に備えた動員予備基盤としての性格が強く、平時に予想される小規模紛争(チェチェン紛争など)には職業軍人である将校と契約軍人(志願兵)で対処すべきだとされていたのである。
多くの戦死者が出ていても
志願兵は続々と列をなす
第二次ロシア・ウクライナ戦争における犠牲の規模は非常に大きなものである。
契約軍人を志願する人々もそのことを知らないわけではないだろう。ロシア政府が口をつぐんでいても、どこの誰が戦争で死んだという話はコミュニティの中で必ず伝わっていく。
10万人あたり戦死率が最も高いトゥヴァ共和国の場合など、わずか33万8483人の住民の中から1461人もの戦死者が出ているのだからなおさらであろう。







