学校の授業で学ぶ歴史には、偉人たちの輝かしい功績や「すごい」エピソードが数多く登場します。しかし、どんな人物にもそれだけでは語れない一面があります。歴史をひもとくと、「すごい」人の中にも、思わず目を疑うような「やばい」行動や選択が、数多く記録されているのです。
そんな「すごい」と「やばい」の両面から、日本史の人物のリアルな姿に迫るのが『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』。今回取り上げるのは、庶民の芸能だった猿楽を洗練させ、「能」を日本を代表する芸術へと高めた世阿弥(ぜあみ)です。
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すごい:庶民向けだった「能」を芸術に高める
「能」というお芝居をつくった役者の世阿弥。
能はもともと庶民がストリートで楽しむ「猿楽」という物まね芸として人気でしたが、世阿弥は貴族や武家などのセレブが好む『源氏物語』を題材にした作品や、幽霊などが出てくるスピリチュアルで美しい物語と流行の音楽をうまく組み合わせた「夢幻能」を発明し、能を芸術の域にまで高めました。
さらに世阿弥は未来の人たちにも伝わるように、能をどう演じたら心に届くかを『風姿花伝(ふうしかでん)』『花鏡(かきょう)』という本にまとめました。
いまでもその考え方は使われていて、とくに「秘すれば花なり(人は秘密があるほうが魅力を感じる)」という言葉は世界中の人に影響を与えています。
やばい:3代将軍に愛されたけど6代将軍にきらわれ島流しになる
イラスト:和田ラヂヲ(『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』より)
世阿弥は若いころから役者としての才能はもちろん、超絶美少年として有名でした。
11才ごろ、室町幕府3代将軍の足利義満の前で舞った世阿弥は義満に気に入られ、祇園祭の見物に同席しました。
身分違いの世阿弥が義満と同じ席に座るだけでも周りはびっくりしましたが、なんと義満は自分と同じ器で世阿弥に飲食をさせたのです。義満に推されたことで、世阿弥の「夢幻能」は一大ムーブメントになりました。
義満の死後も能の大家として活動していた世阿弥でしたが、「万人恐怖の世」といわれる恐怖政治をしいた6代将軍・義教にはきらわれ、70代になってから遠い佐渡島(新潟)に流されてしまいました。
(本原稿は『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』からの抜粋です)









