学校の授業で学ぶ歴史には、偉人たちの輝かしい功績や「すごい」エピソードが数多く登場します。しかし、どんな人物にもそれだけでは語れない一面があります。歴史をひもとくと、「すごい」人の中にも、思わず目を疑うような「やばい」行動や選択が、数多く記録されているのです。
そんな「すごい」と「やばい」の両面から、日本史の人物のリアルな姿に迫るのが『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』。今回取り上げるのは、奈良時代に活躍した聖武天皇です。

【パンデミック】奈良時代、聖武天皇が断行した「超アナログなウイルス対策」とは?Photo: Adobe Stock

すごい:夫婦でお寺を建てまくり天平文化を花開かせる

 天皇になるために生まれ、スムーズに23才で即位した聖武天皇。

 しかしかれが即位したころ、日本は飢饉、地震などの大災害に見舞われていました。

 とくに外国から来た「天然痘」という最恐ウイルスの流行では、当時500万人いた国民のうち100万人もが死んだといわれています。

 当時はワクチンもなく、ウイルス対策は「祈り」しかありませんでした。

 聖武天皇は妻の光明皇后のアドバイスでお寺を各地につくり、お坊さんに祈りを捧げさせました。これが全国各地にある国分寺と国分尼寺の始まりです。

 こうしておもに仏像や仏教建築などの分野で外国の最新モードを取り入れた国際色豊かな「天平文化」が花開きました。

【パンデミック】奈良時代、聖武天皇が断行した「超アナログなウイルス対策」とは?イラスト:和田ラヂヲ(『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』より)

やばい:奈良の大仏プロジェクトが絶不評

 飢饉、地震、ウイルスという災いだらけの運勢を変えるため、聖武天皇は都を引っこす「遷都」を5年間で4回も行いましたが、効果はゼロでした。

 そこで、仏教パワーでウイルスに打ち勝つべく、最後のビッグプロジェクトとして大仏を建てることにします!

 聖武は「一枝の草、一握りの土でもいいから持ち寄ってみんなで大仏をつくろう」と呼びかけますが、民衆は遷都でつかれ切っていて、人もお金も集まりませんでした。

 困った聖武は庶民に大人気だった行基というお坊さんを頼り、なんとか寄付と人を集めて大仏を完成させました

 しかし、仏教パワーは当然ウイルス対策にはならず、結局、貧しい民衆をさらに苦しめました。

(本原稿は『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』からの抜粋です)