学校の授業で学ぶ歴史には、偉人たちの輝かしい功績や「すごい」エピソードが数多く登場します。しかし、どんな人物にもそれだけでは語れない一面があります。歴史をひもとくと、「すごい」人の中にも、思わず目を疑うような「やばい」行動や選択が、数多く記録されているのです。
そんな「すごい」と「やばい」の両面から、日本史の人物のリアルな姿に迫るのが『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』。同書より特別に一部を紹介します。取り上げるのは、「信長超え」に強くこだわり、晩年になるほど異様な振る舞いで周囲を驚かせていった豊臣秀吉です。

【暴走】『豊臣兄弟!』で注目の秀吉、晩年の「やばすぎる奇行」ワースト1Photo: Adobe Stock

異常な額のお金をばらまく

 戦国の世を勝ちぬき、日本統一を果たした豊臣秀吉。かれはつねに「信長超え」にこだわっていました。

 信長超えの人気を獲得するために、秀吉は「お金配りおじさん」になりました。

 現代でいう約63億円もの金銀を積みあげ、たった一日で武将や公家たちにばらまいたのです。見物料1万円を徴収した信長と正反対の大サービスですね(編集部注:信長は安土城に多くの武将を招き、現代の価値で見物料1万円ほどを徴収した。『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』参照)

 信長を超える豊かさをアピールするために、秀吉は「黄金の茶室」もつくりました。もともと茶の湯はせまくて暗い空間で質素に楽しむものですが、かれは茶室を金ピカにかがやかせたのです。

 この茶室は持ち運びもできたため、京都の北野天満宮で開いた北野大茶の湯にも「黄金の茶室」を持っていき、身分の高い人から庶民まで1000人を超える人たちに、千利休たちとともに茶をふるまったといわれています。

 さらに「瓜畑遊び」というコスプレ大会まで開くパリピぶり。これは武将たちが物売りやお坊さんの仮装をし、かれ自身も瓜売りの格好をしてショートコントをするというイベント。

 しかしこれは大量の死者を出した朝鮮出兵前のタイミングだったので、武将たちは内心「はしゃいでる場合かよ!」とイラついたことでしょう。

【暴走】『豊臣兄弟!』で注目の秀吉、晩年の「やばすぎる奇行」ワースト1イラスト:和田ラヂヲ(『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』より)

(本原稿は『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』からの抜粋です)