学校の授業で学ぶ歴史には、偉人たちの輝かしい功績や「すごい」エピソードが数多く登場します。しかし、どんな人物にもそれだけでは語れない一面があります。歴史をひもとくと、「すごい」人の中にも、思わず目を疑うような「やばい」行動や選択が、数多く記録されているのです。
そんな「すごい」と「やばい」の両面から、日本史の人物のリアルな姿に迫るのが『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』。同書より特別に一部を紹介します。取り上げるのは、西洋の知識を驚くほど柔軟に吸収し、戦国時代の日本に新たな価値観を持ち込んだ織田信長です。

【信長は別格】戦国武将の「さすがに頭がよすぎる逸話」ベスト1Photo: Adobe Stock

西洋文化を受け入れ利用したファッションリーダー

 ポルトガルやスペインとの南蛮貿易を通じて西洋文化を積極的に取り入れた織田信長。自らもファッションリーダーとして南蛮風のマントを着こなしました。

 西洋の天文学・地理学の知識がなかった当時の日本で、初めて地球儀を見たかれは、短時間で「地球は丸い」こと、「日本がアジアの東端に位置している」ことを理解して宣教師たちをびっくりさせたといわれています。

 かれは西洋文化をたんなる「ものめずらしいぜいたく品」として扱うのではなく、「価値ある知的システム」として国づくりに利用しようとしたのです。

 その一方で、茶の湯や能といった日本文化も大切にしました

 信長が好きだったのは、物語に節をつけて謡いながら舞う「幸若舞(こうわかまい)」。その謡(うたい)の一節は、

「人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻の如くなり 一度生をうけ 滅せぬ者のあるべきか」
(人の世は五十年ほどの短さである。仏教の天界[下天]の時間と比べれば夢や幻のようにはかない。一度生まれたからには、死なない者などいるだろうか)

 というもの。

 まるで自らの運命を知っていたかのように、かれは日本統一目前だった48才のときに、明智光秀に討たれました。

【信長は別格】戦国武将の「さすがに頭がよすぎる逸話」ベスト1イラスト:和田ラヂヲ(『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』より)

(本原稿は『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』からの抜粋です)