学校の授業で学ぶ歴史には、偉人たちの輝かしい功績や「すごい」エピソードが数多く登場します。しかし、どんな人物にもそれだけでは語れない一面があります。歴史をひもとくと、「すごい」人の中にも、思わず目を疑うような「やばい」行動や選択が、数多く記録されているのです。
そんな「すごい」と「やばい」の両面から、日本史の人物のリアルな姿に迫るのが『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』。今回取り上げるのは、「日本」や「天皇」の呼び名を決めたとされる天武天皇です。
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歴史書を作らせて「日本」と「天皇」をプロデュース
天武天皇は、天皇の地位をめぐって甥と戦争をくりひろげ、大勝利して即位したパワー系のリーダーです。
天武が即位するまで、日本は外国から「倭(わ)」とよばれていました。
イラスト:和田ラヂヲ(『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』)
しかし「倭」は「小さい」という意味でムカつくので、天武は国の名前を「日本」としたといわれています(※日本:ひのもと[お日様のもと]という意味)。
また、「天皇」もそれまでは「大王」とよばれていましたが、中国の「皇帝」に対抗して「天皇」という称号を定着させたともいわれています。
敏腕プロデューサー天武は「日本には天皇が紀元前からいた」という内容の歴史書を作るよう命令し、これはのちに『古事記』『日本書紀』とよばれるようになりました。
その中では「日本の最高神は太陽の女神・天照大神」で「天皇は天照大神の子孫」となっています。
天武は神話を使って天皇としての正統性を国民や外国に示し、新しい「日本」という国のイメージをプロデュースしたのです。
神話と歴史をごちゃまぜにして「天皇は神様の子孫」とする設定はここから始まり、日本が第二次世界大戦に負けて昭和天皇が「人間宣言」を出す1946年まで続きました。
(本原稿は『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』からの抜粋です)









