ド・ボトンは本書の中で、多くの人が抱える「ステータス(社会的地位)」に対する不安を、哲学、芸術、歴史など、さまざまな角度から分析し、それを克服する道を探っています。
彼は、人生には2つの大きな「愛の物語」があると説き、1つは性的な愛の探求、もう1つは「世間からの愛」、すなわち高い社会的地位を求める物語だと論じています。そして、この「世間からの愛」が得られないことへの恐れが、「ステータスに対する不安」として私たちの心をむしばんでいると指摘しました。
愛という視点からこの問題にアプローチするのが斬新で、印象に残ったのです。
知人の不遇も、望む職や地位に就けないということですから、このド・ボトンが指摘した「ステータスに対する不安」に当てはまるでしょう。
同期が出世し自分だけが取り残されたことや、正社員よりも真面目に働いているのに、契約社員というだけで処遇の差別を受けることなど、ステータスが原因で不満を感じたり、腹を立てたりすることは少なくないでしょう。
現世のための哲学
儒教が説く、自省
中国の古典の中に、地位や名声について、古くから伝えられてきた教えがあります。『論語』からの言葉です。
子曰く、地位が無いことを悩むのではなく、自分に相応しい力があるかを考えなさい。認められないことを悩むのではなく、自らがそれに値するよう努力しなさい。
子曰、不患無位、患所以立。不患莫己知、求為可知也。
この一節は、前後に文章がなく、ただ孔子の言葉として単独で記されています。
儒教はいわば現世のための哲学です。地位や肩書への願望も否定することなく、むしろ出世を奨励しています。ただし、その目的は良い政治を行い、民に利益をもたらすためであり、ひたすら地位だけを追い求めるような、出世のための出世は推奨していません。
この一節も、地位を追求する際にあるべき姿を説いているのです。
2つのフレーズでは、どちらも前半は外的な状況に焦点を当て、後半は自身の内面を論じています。
外部の世界が地位や名声を与えてくれない時は、世間や他人を非難するのではなく、まず自身の能力や実績が十分であるかどうかを一度反省しなさい、と。







