つまり、地位や名声を追求するエネルギーを、外部での駆け引きや争いに向けるのではなく、それを自省という内面的作業へと注ぎ込むことを提案しているのです。世間や他人にいらだつよりは、自分自身に向き合う方がよほど生産的。その結果、外部での出世への道は、内面での実質的な成長によって開かれるでしょう。
多くの現代人が抱えている
「いいね」の承認欲求
美術館で作品を鑑賞する際、解説を一生懸命に読むものの、作品自体はあまり見ない、といったことはないでしょうか。人の社会的地位や肩書でその人の価値や能力を判断し、人柄および実績には無関心でいることは、このような「解説鑑賞」と同じです。
そして今、インターネット時代特有の現象として、「いいね」やフォロワーの数も成功の指標となりつつあります。
このように目に見える成功に執着する行動と、「とにかく知られたい、認められたい」という承認欲求は、孔子の理想とは正反対だと言わざるを得ません。
ド・ボトンはこれを「愛の獲得」だと論じていますが、私は「関心の奪い合い合戦」と呼びたいです。
家庭、仕事、娯楽……現代社会は関心を引くもので溢れているため、私たちが特定の物事に集中して与えられる関心は少なくなる一方で、「関心の奪い合い合戦」が常に繰り広げられています。
世間の評価を求めると
自分自身の道を見失う
そんな中で、どう行動すべきなのでしょうか。『老子』からのアドバイスです。
『老子道徳経』第三十三章
他者を理解する人は賢いが、自身を知る人こそ賢者である。
他者に勝つ人は力があるが、自身に打ち勝つ人こそ強者である。
知人者智、自知者明。
勝人者有力、自勝者強。
他者を理解する人は賢いが、自身を知る人こそ賢者である。
他者に勝つ人は力があるが、自身に打ち勝つ人こそ強者である。
知人者智、自知者明。
勝人者有力、自勝者強。
出世を奨励する孔子とは対照的に、老子を始祖とする道家思想の理想的なあり方は、「無為自然」という概念で表現されます。これは、自然の流れに沿い、作為を感じさせずに行動することを指します。
孔子と老子の主張は正反対のように見えますが、興味深いことに、行動する方向性として、2人とも「外部から内面へと転換する」点で一致しています。







