尊敬できる先生が予備校にしかいない

――かねて不思議なのは、日本の子どもの世界的な学力評価は集団の平均点ではトップレベルながら、高得点を取る上位の層は薄い。みんな入試に合わせているからですよね。できる人たちは、はるかもっと上に行けばいいと思うのですが。

入江 元教え子で、いまイギリスの大学に通っている学生と時々Zoomで話します。イギリスでは16歳以降は自分の好きな科目に比重を置く学びが一般的だそうです。大学入試も日本のようなオールラウンド型ではなく、得意科目で勝負することができる。

――3~5科目を自由に選択するAレベル(Advanced Level)ですね。英国の大学入試で広く用いられ、高2と高3の2年間で履修しているようです。日本の高校でも対応するところが出てきました。

入江 専攻への動機が比較的はっきりした学生が多く、大学入学後も自然に専門性を伸ばしていける環境があると。どのタイミングから専門性を伸ばすべきかについては議論の分かれるところですが、日本とはかなり対照的だと感じました。

望月俊昭望月俊昭(もちづき・としあき)
望月算数数学教室主宰。1948年北海道生まれ。二十数年にわたり大手塾で中高受験生のための算数・数学を指導したのち、難関中学受験のための少人数制の算数教室を主宰、入学後の中学数学の指導も行っている。著書に、『中学受験 超難関校合格! 頭のいい子にも勝てる 算数まとめノート』(ダイヤモンド社)、『算数プラスワン問題集』『高校入試ハンドブック』シリーズ(いずれも東京出版)など。1987年から月刊誌『高校への数学』(東京出版)に、88年からは『中学への算数』(同)で連載を執筆している。

――早稲田高等学院の校長とお話ししましたら、大学の先生が中学でも教えている。素晴らしいなと思いましたら、他の科目も同様だそうで、入試がないからできる。日本の中学校では珍しい。

入江 国際学力調査(PISA)で日本は、数学的リテラシー、科学的リテラシー、読解力の3分野全てにおいて世界トップレベルです。それにもかかわらず、算数・数学嫌いの人が少なくありません。

望月 興味を伸ばす方向に勉強が向いていないからでしょう。

入江 教育が受験対策に偏りすぎているのではないかと思う一方で、望月先生は以前の対談の中で、「尊敬できる先生が予備校以外にいない」という問題を指摘されていました。

望月 志望大学に合格して連絡をくれる元教え子たちに「尊敬できる先生」というアンケートを取ると、学校の先生の名前がほとんど出てきません。一番出てこないのが、数学の先生です。これは生徒の多くが塾に通っている一部の最難関校に関する現象で、学校教育全体の問題とはやや違うとは思いますが、高い授業料を払う私立学校の授業に対して、生徒が「意味がない」とか「役に立たない」と評するのは、実に困った事態だと思います。

入江 優秀な生徒は学校で習う前に、既に塾や自習で学んでしまっている。かといって、そういう生徒に刺さる授業をしようとすると、初めて学ぶ生徒を置き去りにしてしまう。学校の先生としても、非常に難しい立場だと想像します。

 一方で、僕は公立中学出身ですが、こちらもまた別の難しさがあります。本当は小学校の四則演算からやり直した方がよい生徒がたくさんいるのに、「学び終えた」ことにして先へ進まないとカリキュラムが終わらない。そうして、徐々についていけなくなる生徒に対しては、「公式として暗記させる」という指導にならざるを得ない。

――算数や数学のような積み上げの教科では、そもそも「平均」に合わせた一斉授業には限界がありますね。

入江 だから、多くの塾では習熟度別にクラスを分けるわけです。ですが、その先にある学びは、あまりにも受験に特化され過ぎている。本来なら、いろいろと寄り道をしながら「学ぶってこんなに楽しいんだ!」と伝える場があってもいいはずですが、現実にはそうした学びの選択肢はほとんどありません。誰も教えてくれず、自分でやるしかなかった経験が、いま新たな塾を開く動機になっています。

――次回はこの点について、さらに掘り下げてみましょう。