映画芸術科学アカデミー創設者には彼らの他に、スターの手形が敷き詰められたチャイニーズ・シアターを建設した興行師のシド・グローマンや、『キートンの探偵学入門』(1924)などのプロデューサーであり、20世紀フォックスを設立して会長に就任してからマリリン・モンローを発掘したことでも知られたジョセフ・M・シェンクなどが名を連ねています。

〈映画芸術科学アカデミー〉設立に際しては「映画芸術および科学の質を向上させる、文化・教育および芸術の発展のために指導者間の協力を助成する」という名目がありました。その前提のもと、特に功績があった人物に対して毎年賞を与えることをダグラス・フェアバンクスが提案。「労働問題のような硬い話は置いておいて、みんなで仲良く食事でもしながら、その年に一番良かった映画人を祝おう」と、晩餐会形式の授賞式を開催することになったのが、現在まで続くアカデミー賞のはじまりです。

 つまり、大手映画スタジオの経営者たちが労働組合の問題を懐柔するために、仲間の労をねぎらう場として開催したのがアカデミー賞授賞式だったというわけなのです。

ハリウッドを牛耳った
“タイクーン”が恐れたもの

 1929年5月16日にハリウッドのルーズベルトホテルで開催された第1回の授賞式は晩餐会形式で行われ、受賞者には受賞の旨が3カ月前に通達され、招待状が送られていました。また招待状には、各賞の受賞者名(当日の参加者)が既に記載されていたそうです。そのため、授賞式は映画人の集まるパーティが中心で、受賞者を表彰する式典そのものはわずか4分22秒で終わったと伝えられています。

 第1回アカデミー賞授賞式が開催された1929年は、世界恐慌の時代とも重なります。当時のハリウッドで、独裁的な権力を握っていた大手映画会社の経営者たちは〈タイクーン〉と呼ばれていました。意外なことにこの言葉は、江戸時代の徳川幕府の将軍のことを海外で「大君」=「たいくん」と呼んでいたことに由来します。