ところが、この年の作品賞を受賞したのは、イランのアメリカ大使館人質事件を題材にした『アルゴ』(2012)でした。ベン・アフレックが監督賞の候補に漏れたことから同情票が集まり、『リンカーン』は受賞を逃してしまったという、まさかの逆転劇だったのです。

43歳の若さで世を去った
黒人俳優に賞を捧げたい

 似たような例は、コロナ禍に開催された第93回でも起こりました。例年、授賞式の最後を飾るのは作品賞の発表。ところが、この年のトリは主演男優賞だったのです。有力候補だったのは『マ・レイニーのブラックボトム』(2020)でトランペッターを演じたチャドウィック・ボーズマンでした。2020年の8月に急逝していた彼は、『ブラックパンサー』(2018)での評価が高まっていた“これから”という最中でした。死後のノミネートということもあり、同情票も集まっていたといいます。

 映画芸術科学アカデミー側は、ハル・ベリーやアンジェラ・バセットなど、歴代の候補となった黒人俳優を各賞のプレゼンターに配し、パフォーマンスにもH.E.R.などR&Bのアーティストを招聘。あとは、今は亡きチャドウィックに主演男優賞を捧げるだけ、という雰囲気が会場に満ちていました。ところが、プレゼンターのレネー・ゼルウィガー(※前年の主演女優賞受賞者が主演男優賞を贈る慣わしを踏襲)が名前を読み上げたのは、『ファーザー』(2018)のアンソニー・ホプキンスだったのです。しかも、アンソニーは式典を欠席。拍子抜けのような幕切れのまま生中継も終了。

 これらの例からわかることは、映画芸術科学アカデミー側の思惑は確かにあるけれど、その通りにいかないこともあるということなのだと思います。

なぜか受賞に至らないスターや
人気監督に贈られる名誉賞

 第79回にマーティン・スコセッシ監督の『ディパーテッド』(2006)が作品賞や監督賞に輝いた時、感慨と嬉しさが溢れた一方で、「この映画でなくともよかったのではないか?」と感じた方は多かったようです。

 オリジナル版の香港映画『インファナル・アフェア』(2002)を知らないアメリカの観客にとって、『ディパーテッド』は決して出来の悪い映画という評価ではありません。

“ディパーテッド”が悪いというよりも、『グッドフェローズ』(1990)や『レイジング・ブル』などで6度も候補になっていたのだから、これまでチャンスはいくらでもあったのではないか?という想いに至ってしまったわけです。

 これまでも、『アラビアのロレンス』(1962)などで8回候補になったピーター・オトゥールを筆頭に、何度もノミネートされながらも受賞に至らなかったスター俳優や人気監督がいます。そんな彼らに対して功労賞的に贈られているのが名誉賞です。ちなみにピーターは、第75回に名誉賞を受賞しています。

『アカデミー賞入門』書影アカデミー賞入門』(松崎健夫、KADOKAWA)

『明日に向って撃て!』(1969)や『スティング』(1973)のポール・ニューマンもそのひとりです。第31回の『熱いトタン屋根の猫』(1958)を筆頭に、それまで6回も候補になっていたものの無冠。代表作である先の2作品はノミネートすらされていません。1980年代には息子を亡くし、俳優としてのキャリアも下降気味にありました。そんな彼に対して映画芸術科学アカデミーは、1985年度の第58回授賞式で名誉賞を授与すると発表したのです。

 キャリアが終わったと思われ、残念賞的な功労賞だったのは明白でした。ところがその翌年、ポール・ニューマンは第59回の『ハスラー2』(1986)で初の主演男優賞に輝きます。この映画は25年ぶりの続編でしたが、前作『ハスラー』(1961)でもノミネートされたという縁のあった主演男優賞は、彼にとって7度目の正直でもありました。

『ハスラー2』は、ポールの「カムバック!」という叫びで幕を閉じます。まさに面目躍如。その逆転劇後も、第67回の『ノーバディーズ・フール』(1994)で8度目の主演男優賞候補、第75回の『ロード・トゥ・パーディション』(2002)では初の助演男優賞候補となりました。