やなせたかし・漫画家Photo:SANKEI
 やなせたかし(1919年2月6日~2013年10月13日)が「週刊ダイヤモンド」1973年11月3日号に、映画論を寄稿している。73年というのは絵本『あんぱんまん』が発行された年だが、当初はヒットどころか、批評家や教育関係者から酷評されたのは有名だ。本稿での肩書は「漫画家」だが、絵本作家、詩人、編集者、舞台美術家、作詞家など多岐にわたり活躍した「マルチクリエイター」の先駆けであり、その一環で映画論も手掛けたということだろう。そして、これが当時の映画産業の危機をテーマにした論考として、実に興味深い内容となっている。

 当時、高度経済成長期を経てテレビが急速に普及し、日本映画の観客動員は急激に落ち込んでいた。50年代には年間10億人を超えていた映画館の入場者数は、60年代後半には大きく減少し、映画会社はヤクザ映画やロマンポルノといった路線で観客をつなぎ留めようとしていた。

 そんな中でやなせは、「映画館の薄暗がりの中では夢見がちになることができる」と表現し、スクリーンの人物に自分を重ねてしまう感覚から、テレビとは似ているようで、まるで違うと断言する。テレビは日常の延長線上にあり、CMが入ったり電話がかかってきたりで没入が途切れるが、映画館は観客を現実から切り離してくれる空間であり、単なる娯楽ではなく「集団催眠」に近い体験というのだ。そして、そこに可能性を見いだす。

 今、私たちはテレビの代わりにNetflixやYouTube、短尺動画のプラットフォームによって、映像コンテンツをいつでもどこでも消費できるようになった。しかしそれでも映画館は消えていないし、興行収入を塗り替えるヒット作が毎年現れている。やなせが予見したように、映画はテレビやネット動画とは異なる“心理的装置”として存在しているのだろう。

 やなせは、メディアの盛衰が繰り返されることを指摘しながらも、「真の芸術は死なない」と語る。そして最後に、「人間が孤独と夢を失わない限り、映画はどんな形であれ存在し続けるだろう」と結論づける。媒体が変わっても、人は物語に没入し、他者の人生を疑似体験し、夢を見ることをやめないという指摘は、50年前の映画論でありながら、そのまま動画サブスク時代のメディア論としても読めるのである。(敬称略)(ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)

年間に360本見た!
手塚治虫の映画マニアぶり

 ぼくは自分では映画好きと思っていた。映画関係の仕事をしたいと考えたくらいで、当然、他の連中より映画については詳しいのだと思っていた。

 ところが、漫画家になってから、仲間を見渡してみると、ほとんどがぼくよりさらにマニアであったのには驚いた。

 例えば、『鉄腕アトム』の手塚治虫は1年になんと360本の映画を見た時代がある。これはプロの映画批評家よりも多い本数だそうだが、気に入った映画になると、80回も見ている。

「週刊ダイヤモンド」1973年11月3日号「週刊ダイヤモンド」1973年11月3日号

 そして、フィルムのひとこまひとこまを全部暗記し、それに飽きると観客の顔を眺め、自分が感心しているシーンで観客が喜ぶと、わがことのようにうれしかったというのだから、これには全く脱帽して最敬礼しなくてはならぬ。

 という具合で、ぼくはすっかり意気消沈してしまった。ぼくなんかはいくら映画好きといっても、最盛期で週に3本ぐらい、好きな映画でも最高で6ぺんしか見ていないからである。