「もっとも優れた経営者は誰か」と問われたら、あなたは誰の名前を挙げるだろうか。経営学の父と呼ばれるピーター・ドラッカーは、この問いに「4000年前にピラミッドを構想し、設計し、建設した人である」と答えたという。生成AIが知的労働の現場を一変させつつある令和の今、彼の遺した『プロフェッショナルの条件――いかに成果をあげ、成長するか』を読み返すと、マネジメントを担う人に本当に求められる力が浮かび上がってくる。本連載では、膨大なドラッカーの著作を読み返し、その中から令和の現在に役立つ知を取り出して紹介していく。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

ドラッカーphoto

知識が「最大の資源」になった時代

 令和のビジネスパーソンが置かれている状況を一言でいえば、「知識こそが最大の武器になる時代」である。土地でも、お金でも、設備でもなく、頭の中にある専門知識が、その人の価値を決める。

 ドラッカーは、この変化を産業革命、生産性革命に続く「マネジメント革命」と名づけている。本書には、次のように書かれている。

今や正規の教育によって得られる知識が、個人の、そして経済活動の中心的な資源である。今日では、知識だけが意味ある資源である。もちろん伝統的な生産要素、すなわち土地(天然資源)、労働、資本がなくなったわけではない。だが、それらは二義的な要素となった。

――『プロフェッショナルの条件』

 つまり、知識を持つ人が経済の主役になったということだ。これは令和の現在、いっそう加速している。生成AIの登場で、誰でも膨大な情報にアクセスできるようになったが、その情報を使って何を生み出すかは、結局のところ使い手の知識と判断力にかかっている。

 ここで重要なのは、知識が中心になった以上、それを束ねて成果に変える「マネジメント」もまた、これまでとはまったく違うものにならざるを得ないということだ。

偉大な経営者はピラミッド建設者である理由

 本書のなかで、ひときわ印象的なやりとりがある。「もっとも優れたもっとも偉大な経営者は誰か」と問われたドラッカーは、こう答えたという。

マネジメントは、大むかしからいたるところに存在してきた。私はよく、もっとも優れたもっとも偉大な経営者は誰か、と聞かれる。それに対して、4000年前に初めてピラミッドを構想し、設計し、建設した人であると答えている。

――『プロフェッショナルの条件』

 ジョブズでも、ロックフェラーでも、松下幸之助でもなく、名も知れぬ古代エジプトの建設責任者。これは一見、奇をてらった回答に思えるかもしれない。だが、よく考えれば深い意味がある。

 ピラミッドは、当時の人間にとって誰も見たことのない巨大建造物だった。前例がない。マニュアルもなければ、参考になる先行事例もない。それでもこの人物は、構想を描き、設計図に落とし込み、何万人もの人々を動かして完成にこぎつけた。

 ドラッカーがこの古代の建設責任者を称えたのは、おそらく、マネジメントの本質が「巨大な権限を振りかざすこと」でも「精緻な管理表を作ること」でもなく、前例なき未来を構想して人を動かす力にあると考えていたからだろう。これは令和の今、私たちが直面している状況にそっくり重なる。

令和の管理職に求められる力

 翻って現在を見てみよう。生成AIが普及し、定型業務の多くは機械が代替できるようになった。「指示通りに動く」「決められた手順を守る」だけなら、もはや人間でなくてもいい。

 ドラッカーが描いた知識労働者の姿は、まさに今日の私たちそのものだ。本書には、現代の知識労働者についてこう書かれている。

知識労働者を直接あるいは細かく監督することはできない。彼らには助力を与えることができるだけである。知識労働者は自らをマネジメントしなければならない。

――『プロフェッショナルの条件』

 部下の頭の中で何が起きているか、上司は直接のぞくことができない。営業職であれエンジニアであれ、生成AIを使いこなしながら成果を出す現代の働き手に対し、「机に何時間張りついていたか」を見ても意味はない。大事なのは、どんな成果を生み出したかだ。

 では、こうした知識労働者を率いるリーダーには何が必要だろうか。ピラミッド建設者のたとえに戻ってみれば、それは「向かうべき方向を示す構想力」だといえるかもしれない。AIに何を聞き、得られた答えをどう束ね、組織を何に向かわせるのか。その絵を描けるかどうかが、令和の管理職の真価を分けるだろう。

道具より「目的」が問われる

 生成AIをめぐる議論は、ともすれば「どのツールを使うか」「どんなプロンプトが効くか」という道具論に偏りがちだ。だが本書を読むと、ドラッカーがそうした道具論に冷ややかだったことがよくわかる。本書では知識の意味について、次のように述べている。

今や知識とされるものは、それが知識であることを行為によって証明しなければならない。今日、われわれが知識とするものは、行動のための情報、成果に焦点を合わせた情報である。

――『プロフェッショナルの条件』

 知識は持っているだけでは意味がない。行動につながり、成果を生んで初めて知識と呼ぶに値する。これは、AIに大量の情報を吐き出させて満足している人への、痛烈な警告と読めるだろう。

 マネジメントを行う側にとって、本書から導けるのは次のような姿勢かもしれない。部下が生成AIで作った資料の体裁を細かく直すよりも、その資料が「何のために」「誰に届けるために」つくられているのかを問うこと。ピラミッド建設者が膨大な石材ではなく完成図を見ていたように、現代のリーダーも個別のアウトプットではなく、組織が向かう先を見ていたい。

 4000年前の建設責任者と、生成AIを傍らに置く令和の管理職。両者を貫くものは、結局のところ「何を成し遂げたいのか」を構想し、人を動かす力だといえそうだ。本書には、これからの時代を生き抜くための示唆が詰まっている。