また、大企業の経営陣の多くが自社の優れた雇用者の出身であり、企業の長期的な利益共有について労使間の基本的な合意が得られています。しかし、大企業の経営者と正規雇用者との距離が近い分だけ、正規と非正規雇用者や、大企業と中小企業の雇用者との事実上の「身分差」は広がります。

 現状の日本の労働市場では、欧州型の解雇の金銭補償ルールの制定は政府にとって緊急の課題です。

 これが政治的に困難な理由は、現状の解雇補償金の水準が不明確な方が有利な集団が大きな政治力を持っていることです。まず、長期の裁判にも耐えられる十分な資金力が労働組合の支援であれば、企業の支払い能力次第で青天井の補償金が得られる可能性があります。

 他方で、そうした資金力のない労働者を雇用している中小企業の経営者にとって、現状のわずかな補償金で済む状況を変えるような解雇の金銭補償ルールの制定は大きな経営問題になります。

 このように解雇の金銭補償ルールの制定が政治的に困難なことの主因は、これが単なる労使間の利害対立ではないことです。現状では、裁判に訴えられない雇用者を安く解雇できる中小企業の経営者と、裁判を通じて高い解雇補償金を得られる可能性の大きな大企業の労働組合とが、改革に反対する勢力となっています。

 しかし、いずれも、現状のまでは、解雇された際に少ない補償金しか受け取れない中小企業の労働者や、(能力不足による個人の解雇が困難なために)定年年齢で一律に退職を迫られる多くの労働者の利益に反するものといえます。

急速に進展するデジタル技術の普及で
過去の熟練が一挙に陳腐化するリスクも

 現行の労働基準法は、劣悪な労働条件の下で働く労働者の保護を主たる目的としています。これは少数の大企業が独占的な力を行使する「需要独占市場」を暗黙の前提としているためです。

 しかし、現実には労働力人口の急減や高学歴化等で労働者の交渉力が高まり、より競争的な労働市場が形成されつつあります。こうした中で、低賃金で労働条件の悪い企業から高賃金の企業への移動を政府が促進することが、経済活動の効率化と平均賃金の引上げに貢献します。

 個々の企業にとっても、その内部に転職すると不利になるため不本意に働く労働者を抱え込む現状は、労使双方にとって望ましくありません。流動的な労働市場とは、多くの雇用者が頻繁に転職するのではなく、仮に転職の自由度が高くても、労働者が働き続けたいと思う企業に優秀な人材が集まるような労働市場です。

 また、長時間労働というインプット評価ではなく、仕事の成果というアウトプットを基準とするような企業が、労働時間に制約の大きな共働き世帯を活用することで、さらに発展する好循環が可能となります。

 これまで日本の熟練労働者を形成してきた日本的雇用慣行は依然として重要ですが、急速に進展するデジタル技術の普及で、過去の熟練が一挙に陳腐化するリスクも生じています。労働力の制約が高まる中で、女性、高齢者、外国人等の多様な雇用者を生かすために、そうした労働市場の変化に中立的な制度を維持するための政府の役割がいっそう重要となってきます。