「チームとしての役割についての要求」は今後の彼のキャリアにおいても、どこでプレーをすることになっても要求される部分であり、その点においては、特段彼にだけ特別な配慮をしたことはありません。
細かな指示を出しすぎると
独創的なプレーは生まれない
逆に、彼には技術的なアドバイスは一切していません。
なぜなら、私には彼のプレー感覚をどうやっても深くは理解できないからです。彼には何が見えていて、周囲の状況把握からどんな解決法を持ち合わせているのか。もちろんチームとしてこうやって相手を崩したいといったイメージはありますが、彼は私たちが想像している以上の解決法でその場をうまく切り抜けてくれることが何度もありました。
私は、特に攻撃的なポジションの選手の指導において、その選手の個人の力で解決してくれるのであれば、あえて細かく指導をする必要はないと考えています。
たとえば、3人、4人をドリブルで抜いて得点まで奪ってくれるのであれば、むしろ大きく称賛されるべきプレーです。実際、2017年の天皇杯・ベガルタ仙台戦ではそういったプレーでチームに勝利をもたらしてくれました。
「そういうときはパスをするんだ」「ワンツーで崩せ」「クロスを上げろ」と、ピッチ上の選手をテレビゲームのように動かそうとしていたら、独創的なプレー、観ている人が驚くようなプレーは出てこないでしょう。
日本人は指示に対して忠実で、粘り強く、最後までやり遂げる力は高いと言われています。
しかし、同時に未知の状況への対応力がないということも言われがちです。
サッカーという刻々と状況が変わるスポーツにおいて、「指示待ち」人間を生み出さず、自分の意思で状況を変えていける選手をつくり出すのは日本サッカーにおいても大きな課題だといえます。
大学で才能が開花する選手と
伸び悩む選手の違いとは
もちろん「三笘選手はもともとの才能が違ったのだ」という意見もわかります。しかし、三笘選手も1年生のうちは全体の7分の1から8分の1くらいの出場時間しか得ていません。







