
ご不浄に行くのを我慢していた康介
自虐はまだしも、妻のことまで「なんか」と言う康介にりんと直美は、いかにフユの仕事が見事かを伝える。
「手術の時、医者の手術介助をするのが病院で一番うまいんです。患者さんの命がかかった手術です。先生のやることを予測して、素早く医療器械を渡したり、難しい仕事です」(りん)
「私には、一生、フユさんのようにできないのは確かです」(直美)
「フユさんは、“看病婦なんか”と言われるような仕事はしていません。決して、恥ずかしいことをしているわけじゃない。どうかご主人はご主人だけは、フユさんをいたわって差し上げてください。そして、ご自分のことも“私なんか”と言わないでください。ご主人が笑うだけで、フユさんはきっと…」(りん)
せっかくいい話をしたのに、康介は聞いていない。
「こんなときに」
お手洗いにいきたくなることを恐縮する康介。
だが、ここは単なるコメディパートではない。
「今までご主人がご不浄に行くところ見たことあった?」とりんが看護婦の観察眼を働かせる。そこに何か理由がある、とりんと直美は探偵のように気づく。
病院に戻った直美は、フユに「昼間、お1人でいる間、水を飲んでいないようです」「おそらくご不浄に行かないようにするためではと」と報告。
園部(野添義弘)のように無理してひとりでトイレに行く患者ばかりではない。康介はトイレにいかないように工夫をしていたのだ。弱音をはかず、忍耐してきた康介を思うと泣けてくる。
ちなみに康介は、電信の技師をしていて、電報を扱うから英語も少しできる。機械の整備もしていて、それではしごから落ちて、足を負傷した。短い間に康介の情報がぎっしり語られた。
りんは、丸山(若林時英)に手土産(甘いもの)の助言をいただいたお礼に折り鶴を手渡す。ほかの患者さんにも折り鶴を。みんながほっこり。でも直美は「看護婦が患者に優しいのは、お仕事だから、勘違いしないように」と釘を差す。
東雲ゆき(中井友望)も、担当している患者・小野田理久(宮地雅子)に折り鶴を手渡す。「ゆきさんに見てもらって幸せだわ」と小野田は言う。
「人は意外に自分の気持ちが分からないものだから、気づいたときには、口にするようにしているの」
しゃべるのもしんどそうなのに丁寧に言葉にする小野田。看護はあくまで仕事であって、バーンズ(エマ・ハワード)も言うように「奉仕ではない」。だからといって受ける側も当たり前に思わず、感謝をすることで、いい循環が生まれてくる。
東雲ゆき役の中井友望は、看護婦という職業についてこんなふうに語っている。
「“当たり前”というのは『これが当たり前じゃないといけない』と動いてくれた人たちが作れることだと思います。人の役に立ちたい、困った人に手を差し伸べたいと、明治時代に看護婦を目指した方たちの思いが今の“当たり前”につながっている。改めてその想いの偉大さを実感しています」







