「インドネシアは日本の新幹線を選ぶべきだった」と言う人が知らない、中国高速鉄道が東南アジアで苦戦する本当の理由インドネシア高速鉄道 Photo:China News Service /gettyimages

中国・習近平国家主席の「一帯一路」構想もあって建設された東南アジア高速鉄道が、相次ぎ失敗の様相を呈している。中国側も現地政府も、何を間違えたのか?日本が世界に誇る東海道新幹線の凄みを分析しながら、東南アジアの移動需要、そして中国主導で苦戦する本当の理由に迫る。(ライター 前林広樹)

そもそも高速鉄道って必要?
速いだけでは意味がない!

 前編記事『インドネシア高速鉄道だけじゃない…東南アジアで次々苦境、中国高速鉄道の「3大ダメ構造」とは?』では、東南アジア各国において中国の主導で高速鉄道が相次いで建設されるも(途中や延期も含む)、相次いでうまくいっていない事例、インドネシア、ラオス、タイ、ベトナムについて取り上げた。

 これらの中には当初、日本側が新幹線の建設を持ちかけたものもあり、「ほらやっぱり中国はダメだ。日本の新幹線を採用すればよかったのに」などと思う人も多いかもしれない。

 しかし、一度よく考えてみてほしい。そもそも高速鉄道を走らせる意味とは何か? 多くの人は、「スピードが速い乗り物ができれば、人の移動が生まれて、経済・社会の活性化につながる」と考えるだろう。

 それも間違っていない。しかし筆者は、「元々混雑している区間の輸送力の増強」こそ第一目的だと考える。典型例は、世界初の高速鉄道である東海道新幹線だ。

 鉄道開業前の江戸時代、すでに年間200万人もの往来客が存在していた東海道は、明治以降の鉄道(東海道本線)開業後も日本の近代化、戦争時の兵員輸送などで交通量が増大した。そして1950年代に日本が高度経済成長期に突入すると、東海道本線の容量はいよいよ限界を迎える。

「こだま」「つばめ」「はと」など東京~大阪間を結ぶ特急列車は、いつも満席。それ以外の列車のダイヤも確保する必要がある上に、どの列車の需要も伸び続けたため、特急列車は1日8~9往復ほどしか運転できない状況に陥っていた。

 この混雑緩和こそ東海道新幹線の第一目的だ。「新幹線」の建設が決まったのは、1957年の国鉄鉄道技術研究所による「超特急列車、東京~大阪3時間運転の可能性」の反響と、かねて広軌高速鉄道に関心を示していた当時の十河信二国鉄総裁の判断によるものである。

 こうして59年に着工、64年に開業した東海道新幹線。ところが、当初から人気だったわけではない。開業日10月1日の第1列車「ひかり1号」の乗車率は2等で8割、1等で5割にとどまっていた。なぜか?