「スローダウン」したときに感じた、社会からの孤立感

 私は、制度上の定年退職を経験していません。その理由は、前述のとおり、58歳のときに勤務先の企業を早期退職し、大学の専任講師に転じ、63歳のときに大学教員の職を自ら辞したからです。辞職後、すぐに個人事業主となったものの、当面、意図的にスローダウンすることにしました。企業と大学を合わせて、約40年間の組織勤務による勤続疲労や体調不良もあり、個人事業主として売上拡大を目指すよりは、自由な身で好きな仕事を自分のペースでやりたいという気持ちが強かったからです。

 特別支給の老齢厚生年金を64歳から受給できることもあり、当面、これまでの貯金で生活することを決め、組織人時代にできなかった趣味的なことに取り組むことにしました。具体的には、書道、神社仏閣巡り、美術館巡り、ラーメン食べ歩き、ゴルフの練習、野球観戦などです。それはそれで楽しいものでしたが、「社会に貢献」できていないことに対するうしろめたさやもどかしさなどを感じることが時折ありました。

 また、趣味中心の生活も1年が経過する頃には飽きてきました。そして、自分だけの楽しみに終始することの限界を感じました。自由の喜びは、多少の不自由な環境があってこそ大きくなると気づきました。結婚式のときに妻の恩師から贈られた「苦しみは喜びの貯金」という言葉が頭をよぎりました。

 テレビ番組の『人生の楽園』では、趣味に生き、スローライフで、セカンドライフを謳歌する人の姿が取り上げられています。一方、定年後、趣味の生活だけでは物足りない、というシニアの声を掲載した書籍や記事も目にします。

 どちらが正解というわけではありませんが、私自身にとっては、体や頭が動くうちは、趣味中心のセミリタア生活では充実感を得られないことを実感しました。

 加えて、収入がほとんどないなかで、これまでの生活費に自身の趣味の出費が加わり、通帳の残高が予想以上のスピードで減少するという現実に対する心理的な圧迫感もありました。

 金銭面と精神面の両面で不安や物足りなさを感じるなか、妻からは「まだ十分に仕事ができるのに、このままではもったいない」、大学教員時代の同僚の先生からも「フェードアウトするには早すぎる」といった言葉をもらいました。

収益性よりも「社会価値」を優先できる60代の自由

 仕事への取り組みは限定的で、趣味中心のセミリタイア状態から、リスタートすることを決心しました。いままでの経験のなかで、自分ならではの形で「社会に貢献」できる仕事を模索しました。年金の受給も始まり、「収益性よりも社会価値を優先できる自由」があったのはありがたいことでした。

 そして、55歳から社会人大学院で学んだカウンセリング、59歳からの大学講師経験を活かして、「大学生向けのキャリアカウンセラー」として仕事をしたいと考えました。そんななか、たまたま、大学のキャリアカウンセラー募集の案内を見つけ、「これだ」と思い、応募しました。それが65歳の直前です。遅すぎるかもしれないが、できれば、もう一度、自分ならではの価値を社会に提供したいという思いでした。運よく採用され、業務委託という形で週1回キャリアカウンセラーとして働く機会を得ました。それをきっかけとして、別の業務委託先からも声がかかり、複数の大学でキャリアカウンセラーの仕事をすることとなったのです。