腕組みをして女の子を叱る女性の教師写真はイメージです Photo:PIXTA

文字を手書きすることに強い困難がある「書き障害」をもつ作家・朝野幸一氏。朝野氏は、自身の生きづらさについて考える中で、自身の行動や感覚にも向き合ってきた。「空気を読め」と言われれば言葉通りに受け取り、予想外の出来事が起これば頭の中で必死に“シミュレーション”を始める。周囲には理解されにくい行動にも、本人なりの切実さがあるという。※本稿は、作家の朝野幸一『14歳、字を書けない私が「書く」喜びを手にするまで』(新潮社)の一部を抜粋・編集したものです。

「空気は読めません」
真面目に答えているつもりが…

 ASD(編集部注/神経発達症群の1つである自閉スペクトラム症)というものには、コミュニケーションの苦手さが付随してくるらしい。私は人の少なくとも三倍は誤解を生んできた自信がある。たとえば、文字通りに受け取りやすい傾向があるとはよく言われるが、私にもそういう傾向がある。

 発達障害を持っている人は、しばしばふざけていると思われがちだが、当人にはそんな気は全くなく、言われたことにただ自分なりに真面目に答えているだけであることが多い。私の場合、元気なときにはそうでもないのだが、疲れてくると、比喩を理解する余裕がなくなってしまう。

 たとえば中学1年生のある日、非常に疲れていた私は、全く空気を読まない発言をしたらしく、担任の先生に「空気を読め」と言われ、「空気は無色透明なので読めませんし、そもそも流体なので形をとどめておけません」と返答し、先生に呆れ返られたことがあるし、授業中懲りずに本を読んでいた(編集部注/筆者にとって読書は、周囲の音や刺激から注意をそらし、不安や聴覚過敏を和らげるための行動)ときに「授業を受けるか、廊下に立っているか選べ」と言われて迷わず席を立ち、授業が終わるまで15分間廊下の壁に寄りかかって待ったこともある。