そればかりか、ソニーは2人の共同会社「グーバー&ピーターズ・エンターテインメント」という個人会社まで買い取っている。その値段、280億円。まさに、相手の言うがままにカネを払い続けたのがソニーだった。ソニーはさながらキャッシュディスペンサーのようで、ハリウッドの住人が小馬鹿にするのももっともだった。
米幹部の私物化経営でソニーは
創業以来初の最終赤字に転落
『ヒット&ラン』によれば、お抱えの運転手はもちろんだが、専属の料理人まで雇い、元妻や愛人を取引先の会社の役員にして、数千万円の年俸を取らせていた。グーバーの基本的な年俸は4億円近くで、その役員報酬は70億円にもなっていたという。東京・品川から遠く離れた米ハリウッドで彼らはやりたい放題だった。ソニーは言われるがままにカネを無尽蔵のごとく払い続けた。
その結果、1994年、ソニーはソニー・ピクチャーズの一時償却2652億円を計上することになり、創業以来初の最終赤字に転落した。日本のメディアは一斉にソニーの無能さを報じたが、ソニーはそれに反論する言葉を持ち得なかった。
出井は、社長就任前から、外国人の言いなりで、東京本社が主導権を握れないソニー・ピクチャーズのあり方に強い不満を持っていた。事実、広告宣伝本部長時代から、「ソニー・ピクチャーズには、我慢がならない」とはっきり不満を口にしていた。
『ソニー神話を壊した男 出井伸之が創った未来』(児玉 博・小学館)
社長となった出井は、音楽、映画といったエンターテインメント事業の可能性を高く評価し、ソニーの経営を支えるコアビジネスの一つにしようとしていた。だからこそ、エンターテインメントの可能性を台無しにしているソニー・ピクチャーズ、そして、その放漫経営を放置しているソニー・アメリカの幹部らが許せなかった。
ソニー本体にも、ソニー・ピクチャーズ及びソニー・アメリカの体たらくを苦々しく思っていた幹部らは多かった。けれども、誰一人として声を上げるものはいなかった。
なぜか?ソニーという会社にとって絶対的な存在だった盛田昭夫、大賀典雄の2人の寵愛をほしいままにしていたマイケル・シュルホフが、ソニー・アメリカの代表だったからだ。
外国人で初めてソニーの役員となったシュルホフは、盛田、大賀と特別な関係を持つ人物で、ソニーでは“アンタッチャブル”な存在であり、その人事は“サンクチュアリ”だった。







