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誰にでもいつかは、死ぬ時が訪れる。それまでにどのように生きたらいいのだろうか。45歳で大病を経験した齋藤孝氏が、上機嫌のまま逝くためのヒントを授ける。※本稿は、教育学者の齋藤 孝『定年後、上機嫌を愉しむ』(ポプラ社)の一部を抜粋・編集したものです。
45歳での大病を機に知った
「無病息災より一病息災」
私は若いときから死生観というものに興味を持っていました。
林尹夫の『わがいのち月明に燃ゆ』や『きけわだつみのこえ』など戦場で亡くなった学徒兵が書き残したものをよく読んでいました。
学徒兵たちは自分たちが確実に死ぬことが分かっていても、最後の日まで思索や勉強を続けていました。若くして覚悟のうえで死地に赴く彼らの気高い精神性には学ぶべきものがありました。
私も死をしっかり見つめて、自分の生を真剣に生きようと思い、武士道を勉強し、武道も習いました。
そこで出会ったのが呼吸法で、息を吸って吐くことはいわば生死の小さな繰り返しでしたので、その後、そのような呼吸法の考え方は生きていくうえで大変参考になりました。
私は働き盛りの45歳のとき、大きな病気をしました。そのときは死を覚悟しましたが、運よく助かった私はその後を「余生」と考えるようになりました。
死の意識は生を強烈に照射します。大きな病気は生き直すきっかけを与えてくれます。
無病息災とは、病気1つすることなく、健康で元気に暮らすことですが、一方、病気をすることで、その後身体に気をつけたり生き方を見直したりすることを「一病息災」と言います。私の場合がその一病息災です。







