発達障害の人には私と同じように、持って生まれた特性として、うまくできないこと、興味が持てないこと、苦手なことがあるはずです。それらを抱えたまま、どうやって人生を充実させていくか。

 ここからは、ニトリの経営者としての私がうまくできないこと、興味が持てないこと、苦手なことにどう気づいていったのか。そして、気づいた「できない」に対して、どんな工夫と対応をしてきたのか。

 1人のビジネスパーソンが発達障害の特性とともに成長していった過程を、60年近いニトリの歴史で印象に残っている出来事とともに伝えていきたいと思っています。

身も心もボロボロに…
ニトリ創業直後の極貧生活

 最初に紹介するエピソードは、ニトリ創業直後のこと。私はこの出来事を通して、「苦手なことは、得意な人にお願いするとうまくいく」ということを学びました。

「似鳥家具卸センター北支店」を1号店として始まったニトリの事業。オープン直後こそ、直前に配ったチラシの効果もあり、お客様がそこそこ来てくれて、商品もそこそこ売れました。しかし、その後はぱたり。開店から1週間が経つ頃には、売上が低空飛行を始めました。

 人件費、仕入れの経費を計算すると、私の給料をゼロにしたとしても1カ月に60万円の売上がないと赤字です。ところが、どうがんばっても毎月40万円がいいところ。アルバイトや従業員を雇う余裕はない。高校生だった妹に手伝いを頼んだりもしましたが、仕入れも接客も配達も、基本的には私1人の仕事でした。

 その頃に寝泊まりしていたのは店の2階です。そのうち食べるものにも困るようになって、1日3食を15円の即席麺で済ませる食生活に。気づけばビタミンB1不足による「脚気」になって、視力も低下してしまいました。

 ボロボロになった私。通院していることを知った母は、ヤミ米と一緒にちゃんとしたおかずを持ってきてくれました。怖い母もさすがに心配してくれたんですね。